武蔵野調理士専門学校
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OB×OG特集

OB×OG

武蔵野調理師専門学校を卒業した先輩達は、さまざまな現場の第一線で活躍しています。そんな先輩達に「リアル・ボイス」をご紹介します。

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アルバイト進学が魅力だった

本間 昌子さん
カタクチ商店
武蔵野調理師専門学校 調理師科 (1996年卒業) 山形県立 鶴岡北 高等学校

専門学校を選択するにあたり、都内 H 専門学校には見学に行きましたが、
設備などが狭い感じがしたので入学には至りませんでした。
武蔵野調理師専門学校は、学費などの面と設備、特にアルバイト進学制度に魅力を感じて、進学を決めました。
在学中は学校とアルバイトとで忙しく大変でしたが、楽しく過ごすことができました。

カタクチ商店
〒981-0964  宮城県仙台市青葉区荒巻中央15−35
TEL : 022-279-6118

Pizzeria Rocco ろっこ (カタクチ商店 直営店)
〒980-0811 宮城県仙台市青葉区一番町2-3-30
TEL : 022-224-5733
Lunch 11:30-14:00 (ラストオーダー)
Dinner 17:00-23:00 (ラストオーダー)
仙台・いろは横丁にあるピッツェリアろっこ。
旬の食材を取り揃えて、皆様にとびきりのナポリピッツァを提供いたします!

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DSC_6359 地元石巻のカタクチイワシ 〜 アンチョビとして販売

地元石巻でとれたカタクチイワシ
地域の食材を活かし、アンチョビとして販売しています。
大変手間のかかる作業ではありますが、食の安心安全を考え、もっと広く販売して行きたいと思います。
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武蔵野で学んだビーフストロガノフは
お客様から人気のグルヌイユ風「ビーフストロガノフ&ハンバーグ」

渡辺 和夫さん
カジュアルレストラン グルヌイユ
武蔵野調理師専門学校 調理師科 (1969年卒業) 福島県立 田村 高等学校

今も大事そうに持っていた、当時のノート。「後藤学園 4-1 栄養学」と書かれたノートには学びの場での思い出もたくさん。
なかでも武蔵野の調理実習で学んだ、ビーフストロガノフ。
今では渡辺シェフのアレンジで、「ビーフストロガノフ&ハンバーグ」として、お客様から人気メニューになっており、現役の限り提供していきたいと話す。

カジュアルレストラン グルヌイユ
オーナーシェフ
http://www.grenouille.jp/index.html
〒319-1108 茨城県那珂郡東海村村松北一丁目13-1
Google Map
TEL 029-284-0127
営業時間
ランチ 11:00~14:30(LO 14:00)
ディナー 17:30~21:00(LO 20:00)
(当日の予約は午後8時まで受け付けています)
定休日 月曜日(不定休)(ホームページをご確認ください)

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DSC_2148 プロヴァンサルの家庭を思わせる店内 〜普段着のままでおくつろぎ頂きたい...

常陸牛、茨城産ダチョウ、つくば鳥など地元の食材をメインに、お米、野菜等食の安全にも気を使っています。
本格的なフランスプロバンサル料理を、カジュアルな雰囲気で気軽に召し上がって頂きたいですね。
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カフェの様なチャイニーズレストラン 〜

柏 寛士さん
柏ノ木 〜Chinese Kitchen〜
武蔵野調理師専門学校 高度調理経営科 (2003年卒業) 茨城県 勝田 高等学校

地産地消が自慢のお店は、やはり人気店。予約でいっぱいのお店も、ウッド調の落ち着いたカフェのような空間。
地元水戸の四季折々の、“旬”の味覚。契約農場での”完全無農薬・有機栽培”による、生産者から採れたての食材を使用。
直接仕入れる事で実現できた、旬の採れたて食材の“本当のうまみ”を堪能して頂けます。ここでしか味わえない、こだわりの食材です。

柏の木
オーナーシェフ
http://kashiwanoki.com
〒311-4206 茨城県 水戸市 飯富町 字 中割 5328-1
Google Map
TEL 029-297-3944
営業時間
ランチ 11:00~15:00(LO 14:30)
ディナー 17:30~22:30(LO 22:00)
(スープ次第で、終了いたします。)
定休日 火曜日(不定休)
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073 地元水戸市の食材をふんだんに使用した本格中華レストラン柏ノ木

レストラン柏ノ木は、水戸市にオープンした本格中華のお店です。
ランチタイムの営業は、午前11:00から15:00(LO 14:30)まで。
ディナータイムの営業時間は、平日17:00から22:30(LO 22:00)、土曜日・祝日は
17:30~22:30(LO 22:00) までとなっております。
中華料理のお店ですが、地元水戸の四季折々の旬の食材を使ったメニューがこだわりです。
地元にある契約農場で大切に生産された完全無農薬・有機栽培による食材を、生産者ご本人たちから直接仕入れています。
季節によって変わる旬の採れたて食材が創り出す本当のうまみを、私たちが調理する中華のメニューを通して堪能していただければ嬉しいです。
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イタリア フィレンツェで23年活躍〜

小島 幸洋さん
リストランテ・イタリアーノ ロ・スティヴァーレ
武蔵野調理師専門学校 調理師科 (1980年卒業)・武蔵野栄養専門学校 栄養科 (1982年卒業)

武蔵野調理師専門学校を卒業後、武蔵野栄養専門学校に入学。
調理師として、栄養士としての知識をふまえ、地中海料理のレストランなどに就職。26歳の時、単身イタリアフィレンツェへ。

リストランテ・イタリアーノ ロ・スティヴァーレ
オーナーシェフ
http://www.lo-stivale-it.com
〒189-0022 東京都東村山市野口町3-5-9
TEL 042-394-2369
営業時間
ランチ 11:30~15:00 (L.O.14:30)
ディナー 18:00~21:00 (L.O.21:00)
バータイム 21:00~close
定休日(月曜日・第2火曜日)
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大学進学を考えていましたが、手に職を付けたいと考え専門学校に入学。
在学中は皆勤で修得しました。

地中海料理のお店に5年ほど勤務し、26歳でワーキングビザを取得し、イタリアフィレンツェへ。
1995年、現地イタリア人とお店を共同経営し、23年間現地にて順調にレストランを運営。

専門学校時代には料理の基本 (和食・洋食・中国料理) を学べたので、現場でも役に立ちました。
子供の頃からサラリーマンになるという考えはなかったですね。
商売人になるということは家庭環境からも自然なことでした。

お客さんに喜んでもらえることは、本当に嬉しいですね。
しかし経営的に安定するということは大変です。

海外での活躍を目標にしている人は、現在はイタリア国内も経済的にも厳しいので、その心構えでのぞんで欲しい。
料理の基本も大事だが、現地の言葉はある程度できないと難しい面もあります。
日本では学べないこともたくさんありますので頑張って欲しい
また海外希望であれば、大手ホテルなどに就職すると現地にも転勤などの可能性もあると思います。
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「また来たよ!」の言葉が一番嬉しいです

備藤 依利 さん/斉藤 美紗 さん(旧姓:吉田)さん
おやつの時間
調理師科 夜間部 (2014年卒業) 埼玉市立 浦和南 高等学校 / 東京都立 北野 高等学校 出身

親子で楽しそうに商品を選ぶ姿や、お子様からの「また来たよ!」の言葉が1番嬉しいです。
やりがいを感じますし、もっと気に入っていただける商品を提供していきたくなります。

入学前、お店の出店を考え知識を身に付けたいと思いましたが、仕事と学校との両立など不安がありました。しかし体験入学に参加させていただき、アットホームな感じが伝わりとても楽しむことができたので武蔵野調理師専門学校に進学を決めました。
在学中は友達とお店をだすことなど考えもしませんでした。きっかけは隣のクラスと合同作業の文化祭で、より深い思い出になりました。その出会いをきっかけに多くの仲間と交流を深めることもできました。夜間部で年齢層も幅広いため、たくさんの刺激をもらい現在2人でお店を営業できています。
また在学中に学んだことが実践で活かせたり、卒業後も学校へ行くと先生方が相談にのってくださることなど学校との出会いに感謝しています。
お店は駅前でもないし飲食店などと違いお客様のながれもバラバラで苦労しますが、努力を重ねてお客様のニーズに応えられるよう頑張っていきます。

後輩の皆様に
努力すればその分結果が必ずついてくるわけではないけれど、努力なしでは決して結果はついてきません。支えてくれるのは家族や仲間です。家族や仲間を大切に楽しいこと、辛いこと、なんでも話し合い目標に向かい頑張ってください。

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おやつの時間
→ おやつの時間Facebook
〒950-0903 東京都 板橋区東新町 1-8-10-102
ときわ台駅から627m
TEL 03-6781-1919
営業時間 10:00~19:00
定休日(月曜日・日曜日)

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日々進化!!
常連のお客様が離れていかないよう試行錯誤を繰り返しお店の進化と共に私達も成長します。
また最近増えつつある3大アレルギー対応商品を増やし、お子様達がみんな一緒に同じものを食べれるおやつパーティーを開催したいと考えています。
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料理人になりたいという夢は持っていました

磯部 冬人さん
Restaurant ISO (レストラン イソ)
調理師科 (1993年卒業) 新潟県私立 帝京長岡 高等学校出身

きっかけはサンシャインプリンスホテルに在職していた 江口シェフ (当時 武蔵野調理師専門学校の講師)の紹介で武蔵野を知りました。
自分自身以前より料理人になりたいという夢は持っていました。

在学中には西洋料理の選択コースを選んでおりましたまた。アルバイトでも最初は中国料理などを学びたいと考えることもありましたが、西洋料理の部門に配属。
そこでフランス料理の盛り付けられた本当にきれいなものを目にし、将来はフランス料理を仕事にしたいとその時に決めました。
やはりお客様に感動をしていただいたり喜んでもらえること達成感を感じます。
東京とフランスで料理の知識や技術を学び、将来的には地元に戻り独立をしたいと考えておりました。その時にやはり資金の事や経歴、技術、知識などが全て必要になりますが、40歳を迎えタイミング的なものを考慮し独立しました。
実際に運営してみるとわからないことはたくさんあります。しかし自分で学ぶこと、一つ一つのハードルを越えながら、出来るようになっていく事、レベルアップしていく事は達成感や喜び、お客様からの評価にもつながると考えております。
「丁寧に作ること」これをいつも心に心掛けております。
これはもちろん相手にすべての事柄が伝わることだと思います。料理にも食材などにも全て大切なことだと思っています。地方都市である新潟に素晴らしいフランス料理のお店があることを知ってほしいと思います。この場所にあってもオリジナリティーやあふれるレストランにしたいと考えています。
また新潟という地元の食材をベースにして、お客様から喜ばれるような地元に根付いたレストランを運営していきたいと考えてます。

料理の職は自分を表現できると思います。オリジナリティで挑戦したり、クリエイティブな部分を表現することができます。もちろん厳しいこともたくさんありますが一つ一つ乗り越えて頑張っていただきたいと思います。
また学校にも料理の楽しさをもっともっと伝えていただきたいと思います。
後輩の皆様ぜひ熱い思いを持って頑張って下さい!とてもやりがいのある仕事です。

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Restaurant ISO (レストラン イソ)
オーナーシェフ
http://restaurant-iso.jp
〒950-0903 新潟県新潟市中央区春日町7-13
TEL 025-290-7330
営業時間 17:30 ~ 23:00 (ラストオーダー 20:30)
定休日(水曜日・第2火曜日)

学校選択には体験入学に参加し決めました

武蔵野調理師専門学校で学んだ、社会人としての心構えやマナー、人格教育について、大変役に立っていると感じています。
調理技術や知識などは現場に入ってからさらに学ぶ事。就職試験などの時の面接時の対応、指導など実際に本当に必要なのかと疑問に感じることもありましたが、やはりその姿勢を示すこと、受け入れていただける側にもそういったことを伝えることが、本当に大事だと言うことを今になっても感じることができます。
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「お客様の笑顔が絶えないお店を作りたい」

鈴木 康久 さんさん
NERIMA OYSTER BAR (ネリマオイスターバー)
調理師科 夜間部 (2014年卒業) 茨城県立 佐竹 高等学校出身

そんな漠然な夢を本気で考え、学べる場所を探しました。
いくつか学校見学を行い、充実した設備だったこと。
魅力的な講師の方々が揃っている武蔵野調理師専門学校に入学を決めました。

在学中には海外研修でイタリア、フランスにて貴重な経験をしたことや、みんなで協力した学園祭は忘れられない良い思い出となりました。
それと学校帰りに同級生とご飯を食べながらお互いの夢を語り合った事が一番印象に残っています。
今の仕事にも学校で得た知識全てが役立っていますし、調べたい事があるときは、いまだ学生時代のノートを見直す事すらあります。

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th_DSC_3010  th_DSC_2986 th_DSC_2990 th_DSC_2978株式会社東京フーディー

代表取締役 (東京都練馬区桜台)

http://tokyofoody.com
NERIMA OYSTER BAR (ネリマオイスターバー)

東京都 練馬区桜台1-6-7 桜台壱番館1F

03-6915-8641

営業時間 11:30 ~ 23:30

ランチタイム 11:30 ~ 15:00 (ラストオーダー 23:00)

定休日(祝日・祝前日以外の)月曜日

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お客様の「美味しい」の一言
お客様が料理やサービスに満足して頂いた時や、お客様の笑い声が店内に溢れている時、充実感を得られます。
料理の提供時間やサービスが行き届かず、お客様を不愉快にさせてしまう事が一番辛いですが、お客様の「美味しい」の一言で元気を頂き、改善策をスタッフと話し合いながら理想のお店に近づけようと思っています。
常にお客様の気持ちを汲み取り、お客様の立場に立って行動し臨機応変に対応できるよう心掛けています。

後輩みなさまには…
学校で真剣に学んだ事は、必ず後で仕事や私生活に活かされます。
どうか有意義な学校生活を送ってください。
そして良い友人をたくさん作って下さい。
私が入学して得たものは知識と掛け替えのない友人です。
卒業してからも、仕事やプライベートの相談や助言を言いあえる仲間は、生涯の財産と言えるでしょう。
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調理師の仕事をつらいと思ったことは、これまで一度もない

服部 訓史さん
Trattoria Noce オーナーシェフ
高度調理経営科2000年度卒 千葉県立津田沼高校出身

経験が知識を増やし、新たな自分を育ててくれる

学びを活かすかどうかは自分次第

酪農を営む家庭に生まれ、幼少のころからたくさんの食材に囲まれて育ちました。だから食に関わる仕事に就きたいと思ったのは、ある意味、当然の環境でした。中学時代にはもう調理師になりたいと考えていましたから。高校生のときにレストランでバイトしていたのですが、まわりの人に武蔵野調理師専門学校を進められて、卒業後に入学。武蔵野で学んだことはすべて力となっています。というよりも、せっかく学んだのだから、ムダにならないよう、自分で心がけたという方が正しいかもしれません。当たり前ですが、学校に入れば自動的にいい調理師になれるわけではない。学びを活かすかどうかは、その後の自分次第ではないでしょうか。

野菜や魚などの食材は地元、千葉県産にこだわって

武蔵野を卒業後、現赤坂TBSビズタワーの老舗イタリア料理店「グラナータ」の門を叩き、7年半務めました。その間、プライベートではイタリアを渡り歩き、本場の料理に触れ、感性を磨くようにもしていましたね。そして銀座、船橋、赤坂といくつかの店を経て、2016年6月に念願の「Trattoria Noce」をオープンさせました。お客様に安心して召し上がっていただけるよう、野菜や魚、肉は、出身地である千葉県産の“生産者の顔が見える”食材にこだわっています。仕事にやりがいを感じるのは、やはりお客様の反応を見たとき。自分の料理をおいしく、そして楽しく召し上がっていただくこと以上の幸せはないですね。

今後の目標

生涯、料理人であること。

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ともに学んだ仲間は、社会に出ても不思議と分かり合える

佐藤さん/尾高さん/野村さん/大木さん/柳沢さん
ラ・ボンバンス → すだち

写真左から 大木さん、尾高さん、柳沢さん、野村さん、佐藤さん

佐藤 弘明 さん (すだち 責任者)
2001年3月 武蔵野調理師専門学校 高度調理経営科 卒業
埼玉県立 鳩山 高等学校出身
大木 慶一 さん
2003年3月 武蔵野調理師専門学校 高度調理経営科 卒業
埼玉県立 上尾東 高等学校出身
尾高 翔太 さん
2004年3月 武蔵野調理師専門学校 調理師科 卒業
千葉県市立 柏 高等学校出身
柳沢 奈美 さん
2008年3月 武蔵野調理師専門学校 高度調理経営科 卒業
長野県 私立 松本第一 高等学校出身
野村 隆裕 さん
2013年3月 武蔵野調理師専門学校 高度調理経営科 卒業
東京私立 実践学園 高等学校出身

大きな学校であれば自分に合った職種が見つかる

佐藤「みんなはなんで武蔵野に決めたの?僕はあれだけ大きな学校なら、自分に合った職種が見つかるかなっていう気持ちだったんだけれど」

大木「僕はやっぱり就職率の高さ。せっかく専門学校いくならきちんと就職できないと意味がないと思った」

野村「僕は叔父が卒業生だったというちょっと変わった理由。でも自宅からも近かったし、縁があるなと思ったんだよね」

尾高「じつは僕も、アクセスが良かったのが理由だった。でも結果的にそれは大事なポイントだったと思ったよ。授業が大変だったぶん、通学くらいラクじゃないと」

柳沢「私は二年目に日本料理を学べるところがいいなって。就職もそうだけれど、カリキュラムがしっかりしていないと、技術が身に付かないと思ったんです」

専門学校だからこそできる経験がある

佐藤「じつは入学して間もない頃、クラスメイトのみんなが料理の話で盛り上がっていたことがあって。それを外から見ている自分をふがいなく感じたことがあった。もっと勉強しないとライバルにすらなれないなと、そこで火がついたのをよく覚えている」

尾高「本当に料理に熱い人が多いよね、武蔵野は。御殿場研修とか、いま思えばよく乗り越えられたなっていうイベントがたくさんある(笑)。でも実践的なイベントばかりだから、一つひとつが本当に力になった」

大木「そうそう、文化祭で、みんなで一緒にひとつの作品を作ったの、大変だったけれどおもしろかったな。何人かの料理人が個性を出し合ってともに作る、という意味では、いまにも通じる自分の原点かもしれない」

野村「僕は両親を招いた賞味会。あれは学生時代で一番、記憶に残っている。専門学校にしかできない経験があることを考えると、やっぱり進学して正解だった」

いま自分にできることを増やし、将来につなげる

大木「こうしていま武蔵野の卒業生と一緒に仕事ができていることはやっぱり嬉しいよね。みんな同じ指導を受けているからか、根っこが似ていると思う」

柳沢「武蔵野の先生に言われた“明日やろうは馬鹿やろう”の言葉のおかげで、いまも仕事を先延ばしにせずにいられるけれど、それはきっとみんな同じですよね(笑)」

野村「調理師の仕事は正直言って大変なことも多いけれど、それでもお客様の“おいしい”の声を聞くとすべてが吹き飛ぶ」

佐藤「分かる分かる!ささいなことでも“ありがとう”と言っていただけたら、またがんばれる。真面目に取り組んでいると、いつか報われる日がかならず来る仕事だと思う」

尾高「僕は、いずれは小さくてもいいので自分の店を持ちたいんだよね」

野村「それをいうと僕も、実家の寿司屋をもっと輝かせるのが最終的な目標」

大木「僕もいつか地元で店を出したいな」

柳沢「私の夢は、東京オリンピックのときに日本を訪れた海外の方々に料理を通じて日本の文化を伝えること!」

佐藤「それぞれの夢を実現させるためにも、いまいろんな人と経験に出会い、自分にできることを少しでも増やしていきたよね」

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後輩へのメッセージ

大木「努力がかならず報われるとは限らないけれど、しない人よりはした人の方が報われるに決まっています」

柳沢「料理人だからといって料理をつくればいいわけではありません。接客なども学び、心配りができる料理人を目指して欲しいです」

佐藤「互いに刺激を与えながら、いっしょに成長できる仲間を見つけてください」

野村「感謝の気持ちを忘れず、日々の生活を過ごしてください」

尾高「つらいとき、苦しいときこと成長できるときだと思います」



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実力が足りていない時期こそ、挨拶と笑顔を大切に

原澤 麻実 さんさん
株式会社 ノバレーゼ アマンダンセイル
2015年3月 武蔵野調理師専門学校 高度調理経営科 卒 千葉県立 柏中央 高等学校出身

他校との違いを確かめたうえで武蔵野調理師専門学校へ

高校時代にお菓子同好会に在籍したことをきっかけに調理に興味を持つようになり、卒業時には自然と調理師になりたいと考えるように。6校の調理師専門学校の体験入学に参加しました。なかでも武蔵野調理師専門学校の体験入学には何度も参加。最終的に、一人一台の調理台がある実習室や、2年生の専門的なカリキュラムなど、他校との違いを確かめたうえで入学を決めました。印象に残っている出来事はたくさんありますが、厳しいながらも確実に力がついた「御殿場研修」と、2年間のがんばりを両親に見せることができた「賞味会」は特別な思い出。武蔵野で経験したすべてが、いまの道につながっていると思います。

新人は焦らずに一つひとつを丁寧に行うことが大切

結婚披露宴を彩る食事を作るのが私の仕事です。人生で一番といっても過言ではないくらい特別な食事ですから、作りだす調理師の責任は重大。一つのサービスを提供するにも、2ヵ月ほど試食を繰り返し、ようやく提供できるという厳しい世界。入社してすぐの頃は現場で活躍するにはあまりに自分の実力が足りず、悩んだ時期も。しかし「焦らず一つひとつ確実に身につけていこう」と決め、挨拶と笑顔、明るさだけは忘れないように心がけながら、先輩たちの仕事ぶりから技術を学んでいきました。どれだけ大変でも、お客様に「おいしかった」と言っていただけたり、新郎新婦様の喜ぶ顔が見られると、苦労は一瞬で吹き飛びます。幸せを形作るひとつのピースとして、調理を提供できるこの仕事を、とても素晴らしいと感じています。

Q.今後の目標

A.先輩たちから多くを学び、職場で必要とされる人になること。いずれ後輩たちから見て“頼れる先輩”になるのが直近の目標です。

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長い人生、一年くらい地元を離れることも勉強のひとつだと思う。

今 友子 さんさん
いわはなや食堂オーナー
1996年3月 武蔵野調理師専門学校 調理師科 卒業 山形県私立 九里学園 高等学校出身

大きな学校でしか体験できない学びがある

実家が食堂を経営していたので、その家業を継ぎたいと考え、調理師の専門学校に進学を希望しました。当初は山形県や仙台など、地元から近い場所の専門学校を考えていたのですが、高校の先生の勧めもあって武蔵野調理師専門学校に決めました。自分自身としても1~2年は東京で生活してみたかったんですが、この判断は正解でしたね。専門的な珍しい食材を扱った授業や、ヨーロッパ研修旅行など、小規模な専門学校では得られない経験がたくさんありました。学生寮での生活で厳しい規則などもありましたが、いまとなれば楽しかった思い出しかありません。高校の3年間よりも武蔵野での1年間の方がよほど内容の濃い、楽しい時間でした。あの一年間は私の人生の宝物です。

食堂の味は“変わらない”に価値がある

「いわはなや食堂」は、常連さんがたくさん来店してくださる地元に密着した食堂です。日中の営業が中心ですが、希望があれば夜の宴会を行うこともあります。毎日のことなので、日中の混雑などを大変に感じる日もありますが、一人でも多くのお客様にリピーターになっていただこうとがんばっています。食堂ということもあり、新しいメニューへのチャレンジよりも、“変わらない”ことが大切。シンプルで家庭的なメニューで、お客様にホッとしていただけたらと思っています。10年ぶりに来店しても変わらない味とメニューで喜んでいただける、そんなお店が目標です。

Q.後輩へのメッセージ

A.この世界、やはり料理が好きでなくては厳しいでしょう。だからこそいろいろな方向性がありますが、自分の“好き”が向いた方へと進むのが正しいと思います。

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「生涯現役」が目標。これからもずっと厨房に立ち続けたい

河本 敏久さん
キッチン飛騨 店長
1979年3月 武蔵野調理師専門学校 調理師科 卒業 神奈川県私立 逗子開成 高等学校出身

同じ志を持つ仲間との出会いが専門学校にはある

武蔵野調理師専門学校に通ったたった一年の間に、調理の技術と知識はもちろん、さまざまな宝を得ました。まずは料理人としての心構え。とくに戸谷先生の指導は思い出深く、その後の自分の礎になっていると思います。次に友達。同じ業界を目指し、そして同じ志を持った人と一緒に過ごす毎日は、とても素晴らしいものでした。学生時代の友達とは現在も付き合いがあり、ともに刺激し合えるいい仲間です。卒業後は丸ノ内ホテルに就職したのですが、そこの料理長が武蔵野の講師を務めていたので、授業に助手として同行したことがありました。新鮮な気持ちでまた学校と接することができて楽しかったのをよく覚えています。

初心を忘れたくないから、自分のことは自分でやる。

料理人としての醍醐味は、なんといってもお客様からいただく、おいしいなどの表情や言葉でしょう。またお客様と直接、目を見て会話ができることもありがたいと思っています。つらかったことや苦しかったことは、好きなことをしているのでありません。すべてが良い経験です。心がけているのは初心を忘れないこと。後片付けなども後輩スタッフに任せず、なるべく自分のことは自分でやるようにしています。将来の夢は10人程度でいっぱいになる洋食屋をオープンすること。自分一人で自由に切り盛りできるお店を運営してみたいですね。あとはやっぱり現役でいることが目標。もうこれからもずっと厨房に立っていたいんですよ。

Q.後輩へのメッセージ

A.仕事のおもしろさを実感できるようになるには、最低三年はかかるものです。ひとつの道で辛抱して続けることを、ぜひ大切にしてください。

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1年、5年、10年後
それぞれの夢を描けば、壁は乗り越えられる

鳴海 克勇さん
愚三味 菜る海 オーナー
1988年3月 武蔵野調理師専門学校 調理師科 卒業 北海道旭川西 高等学校出身

福島校長のもとで学べる学生は幸せ

じつは最初、別の調理専門学校に合格していたのですが、そちらの就職先に納得がいかず、いろいろと比較して武蔵野調理師専門学校を選びました。武蔵野は当時から有名ホテルを筆頭に進路先がとても魅力的だったんです。学校生活で得たものは、やはり帝国ホテルの村上シェフなど、一流の先生方の近くで学べた経験でしょう。若い感性にはとてもいい刺激になりました。卒業後に就職したホテルニューオータニで、現校長の福島校長と、ともに働いていた時代がありました。福島校長は当時、ニューオータニの調理部長としてご活躍。技術だけでなく考え方や姿勢まで、ひじょうに学ぶところの多い方で、あの人のもとで勉強ができる今の学生は幸せだなと思います。

野菜づくりから調理まですべて自分の手で

店をやっていて喜びを感じるのは、やはりお客様から美味しかったよと言っていただけること、そして常連さんや地元の人たちを含め、ファンやなじみが増えることです。また仙台は転勤や再赴任など、人の動きの多い土地柄なのですが、そういった方々が久しぶりに来店してくれたときは、ものすごく嬉しいですね。店のこだわりは、野菜など新鮮な食材の使用。じつは従業員の仲間とともに畑をやっているんですよ。将来的にはお店の裏に畑があり、そこで獲れた新鮮な野菜を直接提供できるような店にしたい。オーベルジュのようなのんびりと安らげる空間をつくるのが私の夢ですね。

Q.後輩へのメッセージ

A.大切なのは「やり続けること」に尽きます。修業時代はどのお店でも大変だと思います。でもとにかく続けること!自分の1年後、5年後、10年後の目標をそれぞれ定めて頑張ってください!

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「変わらないね」と言われるくらいに、
少しずつ変化していきたい

鷺坂 大蔵さん
ビストロアンプル オーナー
1997年3月 武蔵野調理師専門学校 調理師科 卒業 東京都 私立 昭和第一 高等学校出身

御殿場研修の厳しさは、先生たちの愛情だった

武蔵野調理師専門学校の在学中でもっとも強く印象に残っているのは、やはり御殿場研修ですね。あの厳しさはもう、記憶に深く刻まれていますよ(笑)。ただ今考えると、それでも調理の現場の方がよっぽど厳しいわけですから、先生方はあの時の私たちに、厳しさをもって、社会人としての心構えを教えてくださっていたのでしょう。愛情がなければできないことだと思います。先生には就職でもお世話になりました。じつは私はイタリアン希望だったのですが、先生のすすめでフレンチレストランに就職することに。3年ほど勤務しましたが、そこでの経験が今の自分を支えているものの一つとなっています。

お客様のニーズに応えることで地域に根付く

ビストロ「アンプル」はまったく新しい場所でのスタートとなり、知り合いもおらずオープン当初は苦労しました。しかしお客様と同じ目線でレシピを考えたり、ご家族連れのお客様に柔軟に対応したり、ニーズにしっかりと応えていくことで、だんだん地域との絆が生まれてきたように思います。喜びを感じる瞬間は、やっぱりお客様から「いいいね」「おいしい」と共感をいただけたとき。また新しい食材に出会うと、「どのようにおいしく食べよう」と、気持ちが熱くなります。これからも「変わらないね」って言われる程度に、少しずつ変化と成長をし続けていこうと思います。

Q.後輩へのメッセージ

A.最初の一年はどこで働いてもきついと思います。しかしそこを乗り越えたところに、素晴らしい世界が広がっていますから、頑張ってください。

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「小さなことでいいから毎日続ける」先生の教えがいまも胸に。

伊野瀬 幸雄 さん・文さん
レストラン パリサンク オーナーシェフ
伊野瀬 幸雄 さん / 1976年3月 武蔵野調理師専門学校 調理師科 卒業 東京都私立 駒込 高等学校出身、伊野瀬 文さん (旧姓 本間) / 1978年3月 武蔵野栄養専門学校 栄養科 卒業 1979年3月 武蔵野調理師専門学校 調理師科 卒業 福島県 私立 郡山女子大学附属 高等学校出身

大切な習慣をつくってくれた先生の言葉

小さい頃から料理が好きで、本格的に学ぼうと思い、調理師専門学校の入学を考えました。いくつかの学校のパンフレットを取り寄せて検討したのですが、最終的には高校の先生の勧めもあって武蔵野調理師専門学校に決めました。学校で学んだことはもちろんたくさんあるのですが、もっとも強く心に残っているのが、在学中に先生に教わった「毎日小さなことでいいから続けて行うこと」の言葉です。この教えは今や私の座右の銘となり、たとえば冷蔵庫の掃除など、小さな、でも大切なことをコツコツ続けていく力となっています。先生の言葉はいまでも時々、耳によみがえってきますね。

家族みんなが武蔵野調理師専門学校の卒業生

1988年にカジュアルなフレンチレストラン「パリサンク」を夫婦でオープンしました。じつは妻も武蔵野栄養専門学校を卒業後、武蔵野調理師専門学校も卒業しています。ちなみに息子も同じく、武蔵野の卒業生。家族みんなでお世話になりました(笑)。経営では、「このレストランに来て良かったな」とお客様に思ってもらえるよう、お店の雰囲気づくりを一番に考えています。好きな仕事なのでつらいと感じることはありませんが、正直言って、自由な時間はあまりありませんね。ただ将来的にいまの店を息子に任せ、私はよりカジュアルな“ビストロパリサンク”といった店をオープンさせる夢があるので、がんばるしかないでしょう。後輩のみなさんも、つねに10年後の自分の目標を頭に置いて、しんどい時期を乗り切って欲しいです。

Q.仕事をするうえで心がけていること

A.人の行動や言動に惑わされず、自分の価値観をぶらさずに信じた道を歩き続けることです。

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学生時代に触れた一流の技は、自分の指針となる

星野 記弘さん
手打ちそば「のり助」
1990年3月 調理師科 卒業 群馬県立 館林商工 高等学校出身

一流の技に触れた感動を今でも覚えている

武蔵野調理師専門学校は、一言でいうと「規律正しい学校」です。当時は厳しいと感じたこともありましたが、今となっては感謝するべき環境だったと思っています。あの頃身に付けた「規律を守る」姿勢は、その後ずっと自分の基礎になってくれていますね。嬉しかったのは、帝国ホテルの村上シェフなど一流の人々から、直接教えていただけたこと。目の前で繰り広げられる匠の技に、「この学校に通って良かった」と感動したのを今でも覚えています。本当に素晴らしい経験になりました。調理師を目指すなら、目標を持つことが大事だと思うので、後輩の皆さまにはぜひ、彼ら一流の料理人の技を目に焼き付けておいて欲しいですね。技術や資格があれば職に困ることはないでしょう。

壁にぶつかったときこそ初心に返る

現在は自分の店を切り盛りしていますから、頑張った分だけ自分に跳ね返ってきます。混雑した時など、大変なこともありますが、すべてが自分に届く“反応の良さ”がやりがいにもつながっています。そばという素材は、出来が季節に左右されることもあり、夏がとくに難しい。そんな難しいと感じたときこそ、初心に返るようにしています。親方からいただいたたくさんの言葉の中に、そばをおいしくヒントがかならずありますから。お店をはじめて今年で25年。今では25年来の常連様もおられます。これからもお客様と1対1で接する気持ちを忘れず、誠意を持っておいしいそばを提供し続けていきたいですね。

Q.喜びを感じるとき

A.お客様からおいしかったよと言われたとき。目の届く範囲のお店なので、お客様からの意見を取り入れ、メニューに活かすこともあります。

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大切なのは、一緒に戦える友人をたくさん持つこと。

寺島 敦さん
Dolceria Caffe Principe (プリンチペ)
1998年3月 調理師科 卒業 長野県立 松本県ケ丘 高等学校出身

ともに学んだ仲間は後に大きな資産となる

都心にあり通いやすかった、学費が他校に比べて高くなかったなど、武蔵野調理師専門学校を選んだ理由はいろいろとありますが、一番ポイントとなったのが学生の多さ。一緒に学ぶ仲間は多ければ多いほどいいと思ったのです。実際、同じ目的を持ち、互いに切磋琢磨しながら勉強した友人たちは、後に大きな資産となりました。学生時代にもっとも印象に残っているのは、卒業間近に出場したコンクール。そこで審査員特別賞をいただいたときの喜びは、今でも昨日のことのように覚えています。コンクールで特訓を重ね、それが賞という結果につながった経験は、確かな自信へとつながりました。

農家の方々とともに食で地域を盛り上げたい

「Dolceria Caffe Principe」は、お客様が日常から解放され、リラックス、リフレッシュできる店をコンセプトにしています。高級店ではありませんから、使える食材が限られますが、そんな中でもいかにお客様に喜んでいただける料理を提供できるかが勝負。できるだけ地元の新鮮な食材を使用し、通ってくださるお客様の心身の健康に貢献できる料理を心がけています。地元にはたくさんの素晴らしい農家の方や作り手がいるので、そんな方々と一緒にもっともっと、食を通じて地元を盛り上げていきたいです。いつか海外に出店するのを目標に頑張っていきます。調理師を目指すなら、一緒に戦える友人をたくさん作ってください。この厳しい世界、自分一人ではなかなか生き抜けません。つねに感謝を忘れず、元気でいることが、仲間に恵まれる秘訣です。

Q.つらいことがあった時の対処法

A.つらいときや苦しいときを乗り越えるには、やはり一緒に働いている職場の先輩や同期の友人に会うのが一番。みんなで美味しい料理をいただけば、元気が湧いてきます。

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武蔵野で身に付けておくべき「服装・礼儀作法・挨拶」

牧野 直哉さん
和み処 まきの
1996年度 調理師科 卒業 群馬県 私立 東京農業大学第二 高等学校出身

調理師専門学校は厳しさにこそ価値がある

子どもの頃から食べることが大好き。そんななかテレビ番組『TVチャンピオン』で武蔵野調理師専門学校の存在を知り、興味を持つようになりました。その後、パンフレットで調べたところ、理念も、設備も、カリキュラムもすべてがしっかりしていたため、入学を決意。実際は、パンフレットで感じた印象よりもずっと厳しい学校でした。しかし厳しい指導のおかげで身に付けた“服装・礼儀作法・挨拶”は、その後の調理師人生においてずっと役立っています。この3つは体に叩き込んでおいて損はないので、後輩のみなさんもぜひ積極的に取り組んでほしいですね。

料理と同様に、人を好きであれ

私の店「和み処まきの」は、場所が住宅街にあるため、いかに宣伝し、そしてリピーターを増やしていけるかがカギ。つねに新しい挑戦を忘れないよう心がけています。目指すのは、自宅にいるようにくつろげる店。幸いなことにたくさんの素敵なお客様に恵まれ、最近では常連さんの顔ぶれも増えてきました。お客様においしいねと言っていただけることがやりがいですが、同様に、いろいろな人との交流に充実感を持っています。私はとにかく人が好きなんですよ。この仕事は、料理はもちろん、人を好きであることも重要だと思います。

Q.今後の夢

A.「和み処まきの」をしっかりと地元に根付いた店にすること!

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きちんと地道に続ける。その誠実さがお客様を笑顔にする。

古圧 啓一 (旧姓 : 西掘)さん
ぱんカフェ coduchi (コヅチ)
2001年3月 高度調理経営科 卒業 静岡県立 御殿場西 高等学校出身

途中で投げ出さず、やり遂げることが肝心

高校の進学説明会に参加した際に、武蔵野調理師専門学校を知りました。他の専門学校のパンフレットと見比べながら検討し、最終的に規模が大きく、授業内容が充実していた武蔵野を選びました。在学中の思い出でもっとも強く残っているのが、賞味会でフレンチのデセールを作ったことです。メニューが決まらずとにかく大変でしたが、実習担当の野崎先生や高橋先生に相談しながらなんとか仕上げたことを覚えています。あの経験で、自分のキャパシティー以上の作業をやりきった先に、成長があるのだと知りました。手ごたえややりがいは、途中で投げ出さなかった人だけが味わえるものですよ。

お客様と深く関わりたいから、背伸びはしない

2011年にぱんカフェ「coduchi」をオープンしました。妻も大分の製菓学校を卒業していますから、作業は妻がパン、私はパンの中身(カスタードやカレー)を担当しています。夫婦で切り盛りしているお店なので、妻の出産時は人手が足りず、商品をそろえるのに苦労しました。お客様からの「おいしい!」の声を思い出しながら、一生懸命にパンを焼いていましたね。。
モットーは「夫婦でできることを、地道に」。背伸びせずに、お客様の顔が見える規模のお店をきちんと営んでいくことが、いまの僕が望むスタイルなんです。これからもお客様と深く関わり、一人ひとりのニーズにしっかり応えられるカフェとして地域に根付かせていきたいです。

Q.後輩へのメッセージ

A.武蔵野の卒業生がおなじ道でたくさん活躍しています。
その実社会での経験は大きな糧になります。私も先輩たちに助けていただきながら、調理の道を続けてきました。続けていればこそチャンスも必ず来ますので、頑張ってください。

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24時間料理のことを考える。思考の量の差が、技術の差になるから。

森井 誠さん
Dining ZEN (ダイニング善)
1985年 調理師科 卒業 熊本県立 玉名 高等学校出身

「東京」の空気のなかで勉強する重要性

子どもの頃から魚釣りと料理が大好き。両親に料理を褒められたこともあり、興味は人一倍ありました。進路を考える段階で、大学もふと頭にはよぎりましたが、興味のない分野に進んでも意味はないだろうと、本格的に料理を学ぶ決心をしたんです。関西、福岡、東京、ほとんどの学校の資料を見ましたが、やっぱり東京、しかも一番大きい学校にしようと武蔵野調理師専門学校を選択。一流の講師が多く、ここなら“本物”を知ることができるとピンときました。授業や講師の質も高かったですが、東京という空気のなかで勉強ができたことも大きい。世界中の一流料理が集まる東京で暮らしたことは、後の人生にも関わる、重要な経験であったと思っています。

トータルプロデュースを理解してこそ料理が生きる

料理を仕事にして強く感じていることですが、調理師とは料理を作るだけが仕事ではない。トータルプロデュースを理解して初めて、料理とお客さんがつながるんです。ここがバッチリ決まると、それはそれは気持ちがいいです。ですから後輩の皆さまには、調理実習だけでなく、座学の内容もしっかり頭に叩き込んでほしいですね。あとメッセージとしてはぜひとも24時間、ずっと料理のことを考えて欲しい。つねにアンテナをはり、疑問を持ち、それを解決する、この積み重ねが、技術と勘を磨いていくのだと思います。私もまだまだ発展途上。4~5人ほどが入るカウンター中心のお店を作る夢があるので、そこへ向かって邁進していきます。

Q.日々、心がけていることを教えてください

本気になるコト、柔らかい頭を持つコト、人に感謝するコト、食材に感謝するコト

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武蔵野で学んだ一年間が人生を構築している。

近藤 和之さん
Petit Paris(プチ パリ) 〜パンのある暮らし
1985年 調理師科 卒業 高知県立 中村 高等学校出身

学校で使用した包丁をいまでも大切に

高校卒業後、すぐに都内のレストランに就職したのですが、働くうちに技術を基本からしっかり学びたいと思うようになりました。そこで友人からパンフレットを見せてもらい、進学を決めたのが、武蔵野調理師専門学校です。武蔵野での授業はすべて印象深かったのですが、なかでも帝国ホテル第11代料理長の村上信夫ムッシュの講習は忘れられません。初めて勤務先のホテルでメニューを書くことになったとき、その講習で作ったサバのカプリースのレシピを参考にしたほどです。現在でも、在学中から使用していた包丁をいまでも大切につかっていますし、先生方から学んだレシピを活用することも。武蔵野での一年が、人生を構築しているといっても過言はないでしょう。

昨日の自分より良い仕事を

オーナーシェフとして「Petit Paris」を切り盛りしていますが、やりがいは働き始めた若い頃と変わらず、お客様からの「おいしかった」の言葉です。そのためだけに働いているようなものですよ(笑)。料理の世界は奥深いですから、理想に比べて、いまの自分では技術と経験が追い付かないと感じることもあります。そんなときは、いまの自分にできる“一番良いもの”を目指す。昨日の自分より少しでも良い仕事をしようとつねに考えています。「Petit Paris」はパンと菓子、フレンチ惣菜のお店ですが、今後はレストランやカフェに展開していく予定です。松山市を訪れた際は、ぜひ店に遊びに来てください。

Q.武蔵野調理師専門学校で学んで良かったこと

和・洋・中、そして製菓と総合的に学べたからこそいまの店をオープンさせることができました。感謝してもしきれません。

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生産者と手を取り合って、地元ならではの美味を。

鈴木 一徳さん
イタリアンレストラン「ビランチャ」
1988年3月 調理師科 卒業 東京都私立 成立学園 高等学校出身

友達関係を通じて社会のことを学んだ

武蔵野調理師専門学校は高校在学中から知っていました。調理師になろうと決めた時、武蔵野ともう一つの学校で迷ったのですが、規模が大きく、設備も整っている点を判断材料に、武蔵野へと進みました。学生時代でもっとも記憶に残っているのは学園祭で賞をとったこと。みんなで協力して物事を成し得る喜びを知りました。友達とは時折、意見がぶつかることもありましたが、それらも含めていい思い出。あの頃は友達関係を通じて、社会のことを学んでいたのだと思います。

食材へのこだわりは人一倍

2012年に北海道旭川にイタリアンレストラン「ビランチャ」をオープンしました。旭川の食材に惚れ込んでここに店を作ったくらいですから、食材へのこだわりは人一倍。おいしいことはもちろん、安全で新鮮なものを使用するように心がけています。当然、冷凍食品は一切使用していません。それぞれの食材の、生産者の気持ちを考えながら調理にあたると、また違ったアイデアが出てくるのがおもしろいですね。冬場は食材の選択が限られるのですが、ヨーロッパや日本の東北地方に伝わる野菜の保存法を、北海道でも検討していくつもりです。こうしたチャレンジを忘れず、私自身が進化をしていくことで、「ビランチャ」をお客様に長く愛され続ける店にしたいです。

Q.喜びを感じる瞬間

地元の食材を使い、生産する側と食べる側、それぞれに喜んでいただくことにもやりがいを感じます。

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身に付けた技術、経験、感性は自分を裏切らない。

渡辺 賢紀さん
オーベルジュ チミケップホテル
2001年3月 高度調理経営科 卒業 静岡県立 小山 高等学校出身

武蔵野で人生を変える研修と出会った

武蔵野調理師専門学校で過ごした2年間は、料理人としての基礎を叩き込まれた時間です。それは実習で得た技術はもちろん、礼儀作法、あいさつ、身だしなみまで。仕事をするうえで私の核となっている部分は、すべて武蔵野で身に付けました。印象に残っているのは賞味会とヨーロッパ研修。とくにヨーロッパ研修は、卒業後に海外で働くきっかけとなった出来事です。あの時の研修がなければ、私は海外で経験を積むことはなかったでしょう。人生を変えるイベントと出会わせてくれた武蔵野に感謝しています。

日本人が日本で作る料理にこそ価値がある

現在は北海道「チミケップホテル」の料理長を務めています。連泊するお客様が飽きることがないよう、食材、メニュー構成、調理法、演出が重複しないメニューを心がけています。ここで大切なのは作る側もマンネリ化しないこと。頭の中はつねに新作料理のことでいっぱいですよ。これからもオリジナリティを求め、ここでしか食べられない料理を作っていくのが目標です。最近はミシュランなどで日本の店が海外に評価されつつありますが、日本にある素晴らしい食材を含め、少しでも自分の料理で世界にアピールできたらと思います。フランス料理の枠にとらわれず、日本人が日本食材を使った料理で評価され、そう認められる日は近いと信じています。

Q.仕事のやりがい、歓びを感じるときは?

料理をおいしそうに食べているお客様を見た時。一皿に数日かけて作る料理もあるので、感動したといわれたら素直に嬉しいです!

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幅広い業界で求められる、武蔵野の卒業生

加藤 有莉さん
ヴィラエッフェ(VILLA EFFE)
2011年 ダブルプログラム科 卒業 静岡県私立 加藤学園 高等学校出身

武蔵野には無駄な授業なんて一つもない

学校生活でもっとも思い出に残っているのが、学園祭のときのケーキの卒業制作です。あんなにも大変で、でも楽しい時間は、これまで経験したことがありませんでした。学生の頃は実習にばかり目が向いていましたが、意外にも働きはじめてすごく役立っているのが、レストランサービスの授業。クロスのたたみ方を丁寧に指導してくださった 下野 隆祥 先生に感謝です。学校の授業に無駄なことなんて一つもなかったのだと、改めて思い知らされました。後に何が役立つかなんて誰にも分からない。これから専門学校へ進む方は、どの授業も真剣に取り組み、知識と技術を吸収していただきたいですね。

目の前の人に合わせてベストなサービスを

卒業後はパティシエとして勤務しましたが、その後、いまの会社に転職し、結婚式やレストランでのサービスと接客を中心に仕事をしています。接客においては、マニュアルは基本的に役立ちません。目の前の人を見て、その人に合わせた対応が重要。最初から決め付けず、たくさん見て、聞いて、ベストなサービスを提供するように心がけています。将来は小さくてもいいので、一人で居酒屋を経営できれば素敵だなと考えています。そのためにはお金を貯めなくてはいけませんね(笑)。後輩のみなさんには、あまり職業の選択肢を狭めないでほしいです。ダブルプログラム科=パティシエがすべてではありません。武蔵野で学んだ技術と知識は、幅広い業界で求められますよ。

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食の世界で大輪の花を咲かせましょう!

荻島 健治さん
季節料理 吟水
2010年 調理師科 卒業 静岡県私立 加藤学園高等学校出身

一人一台の調理台で技術に自信がついた

早く現場に出たかったので、専門学校へは短期間で効率よく学べることを重視して選びました。武蔵野調理師専門学校は、取得できる資格と身につけられる技術が充実している点と、一人一台IHクッキングヒーターを使って実習するところが気に入りました。実際に、この一人一台を使った実習は、最初から最後まで自分で料理を作るため、技術の向上に加え、「できるようになった!」という自信も生まれました。放課後は居酒屋でアルバイトをし、そこでも調理とサービスを勉強させてもらったのもプラスでしたね。学習と実践の繰り返しが、もっとも力がつくと思います。

夢があれば壁は乗り越えられる

私は食べること、作ることが大好き。それを仕事にできている自分は幸せ者だと、日々、感謝しています。くわえてお客様に「おいしかった」「また来るね」なんて言っていただけた日には、生きていて良かったと思えるほどの感動が味わえます。もちろんまだまだ未熟な部分も多く、失敗だって数え切れません。しかしこれはどんな職業だって同じ。まずは目の前のことに一生懸命取り組み、まわりの先輩や仲間に感謝の気持ちを忘れずにいれば、壁にぶつかったとしても、そこを乗り越えるヒントがかならずもらえます。みなさんもこれからつらいこと、楽しいことをたくさん経験するでしょう。私もまだまだこの業界では新米。私といっしょに、夢を忘れず自信をもって突き進み、食の世界で大きな花を咲かせましょう!

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3期生として入学。 担任の先生は戸谷先生でよく覚えています。

宮本 文男さん
寿司割烹 ごちそうや 江戸っ子
1970年 調理師科 卒業 茨城県立 土浦第三高等学校出身

在学中は学生寮に入りました。学生時代を振り返ると、やはり友達が沢山出来た事ですね。

武蔵野卒業後はパレスホテルで西洋料理を担当し11年間勤務しました。
その後妻の実家のお店を運営してきました。11年前にはお店を新築し現在に至っています。

なんといってもお客さんの笑顔が一番の喜びを感じます。
また常連さんがたくさん来てくれることがやりがいにもつながります。
この業界は厳しいとは思いますが、やるなら独立を進めます。なんといってもやりがいがありますよ。

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日本料理は、日本の文化そのものだと思う。

鈴木 久雄さん
日本料理 寿司 魚久
1974年 調理師科 卒業 静岡県立 藤枝東 高等学校出身 (専修大学卒業)

授業で生きたスッポンや鯉をさばいた

実家が寿司屋を営んでいましたから、大学卒業後は調理師学校に通おうとずっと以前から決めていました。武蔵野調理師専門学校を選んだ理由は、確か雑誌かなにかで見たからだったように記憶しています。昔のことですので、その辺りはあいまいです(笑)。ただ武蔵野の授業については鮮明に覚えていますよ。やっぱり先生方の手さばきを目の前で見た衝撃は忘れられません。とくに生きたスッポンや鯉をさばく日本料理の授業は「この学校に来て良かった」と心の底から感じたほど勉強になりました。学生のうちにあの体験ができるのだから、いま思うとかなり贅沢な環境ですよね。

料理人だから味わえる喜びがある

卒業後はもちろん、料理人として日本料理の道へ。働き始めてずいぶん時間が経ちますが、やっぱりお客様から「おいしい」という言葉を聞ける瞬間が、もっとも嬉しい。また調理場に立ち、日本料理に携わり続けられていることも、私にとっては喜びです。またかれこれ30年になりますが静岡の中遠調理学校で月に一度、日本料理の講師を務めているんですよ。技術は当然ですが、料理人だからこそ味わえる喜びがあることも、同時に伝えられるように心がけています。私自身は、体が動く限り調理場に立ち続けるつもり。そのためにも健康に気をつけて頑張っていこうと思っています。日本料理は奥が深くておもしろいですし、日本人の文化そのもの。これを仕事にできている私は本当に幸せ者です。

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限られた学校生活。料理を本気で好きになれ。

斉藤 直也さん
レストラン ラシーヌ
1999年 高度調理経営科 卒業 福島県立 喜多方工業 高等学校出身

がんばっていればチャンスはかならず訪れる

武蔵野調理師専門学校でもっとも心に残っているのは、日々の授業でしょう。当時は「厳しい」と感じることもありましたが、その厳しい指導にこそ価値があったと、いまとなってはっきりわかります。授業以外では、研修もいい思い出。とくにヨーロッパ研修での体験は驚きに満ちていて、後の人生にさまざまな影響を与えてくれました。後輩のみなさんには、ぜひ在学中に、いい食材に触れる機会をたくさん持って欲しいですね。そしてやはり、料理を本気で好きになって欲しい。武蔵野は卒業生も多く、幅広いネットワークを持った学校です。がんばっていればかならず誰かが認めてくれて、未来へとつながっていくでしょう。

料理と向き合う姿勢はずっと変わらない

卒業後、ヒルトン新宿、パークハイアット新宿での勤務を経て、現在はレストラン「ラシーヌ」の料理長を務めています。マネジメントから食材の発注、後進の育成など、仕事の内容は多岐にわたります。やりがいを感じるのは、月並みではありますが、やはりお客様に喜んでいただけたときでしょう。そのためにも「一点一点、料理をきちんと向き合って作る」、この軸だけはブレないように心がけながら、日々、調理場に立っています。将来的には、自分の店を持つのが夢。その目標に向けて具体的に動き始めたところです。働く場所は変わっても、料理に対する姿勢は変わりません。これからもお客様の笑顔を原動力に、料理を向き合い続けていこうと思っています。

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自分の手でこの国の食文化を豊かに。

羽田 哲平さん
ダイニング花
2003年 調理師科 卒業 山形県立 鶴岡工業高等学校出身

いまの自分を支える武蔵野の先生たちの教え

調理師になろうと考えたとき、専門学校はやはり規模が大きく、カリキュラムがしっかりした学校を選択しようと思い、さまざまな学校のパンフレットを見比べました。なかでも武蔵野調理師専門学校は、規模とカリキュラムの条件を満たしているうえ、一流ホテルやレストランなど、就職先がひじょうに魅力的だったこともあり、進学を決意。専門学校生時代は、研修などのイベントも印象深いのですが、それでもなお、日々の授業のほうがより強く記憶に残っています。毎日が本当におもしろく、充実していました。今でも調理場に立つと、先生たちの顔が浮かんできます。マナーや礼儀に厳しい先生ばかりでしたが、あのときの教えがいまの自分を支えてくれています。

仲間と力を合わせて食文化の向上を目指す

勤務する「ダイニング花」はお客様との距離が近い店のため、お声をダイレクトに聞かせていただけるのが、何よりの励み。心がけているのは、基本ではありますが、とにかくおいしいものを提供することでしょうか。やはりプロである以上、この意識を持ち続けることは重要だと思います。今後の新たなる挑戦としては、食文化への取り組み。鶴岡市事態がユネスコの食文化として認定されたこともあり、現代の家庭では作られない食事や、食育を含めた豊かで、かつ持続可能な食文化を私の手で発信していきたいですね。同じ志を持つ仲間を増やすことも課題のひとつ。一人では難しくとも、みんなで力を合わせることで、食文化の向上はかならず叶うと信じています。

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お客様の満足ために。生涯、挑戦を続けたい

櫻井 淳一さん
創作中華 楼蘭
1979年 調理師科 卒業 山形県立 酒田商業高等学校出身

さまざまな世代の生徒が集まる学校を選ぶべき

両親が中華料理店を経営していたので、料理が生活のすぐ身近にありましたから、料理人を目指すことを決めたのも、ごく自然な流れだったように思います。両親から習うことも考えましたが、基礎から技術や知識を学びたくて、優秀な人材を輩出することで有名だった武蔵野調理師専門学校に進学。出身地はもちろん、世代もさまざまな人が集まっていて、これまで知ることのなかった文化にたくさん触れさせてもらえました。食材ひとつとっても、地域によって呼び名や調理法、そして味付けが変わります。ともに学んだ仲間は、まさに生きるレシピブック。みんなであれこれ話し合うのが、毎日楽しくて仕方がありませんでしたね。あの恵まれた環境は、大きな学校ならではのメリットではないでしょうか。

変わらない味のために、進化を続ける

現在は山形県酒田市で「楼蘭」(居・食・酒)という創作中華の店を営んでいます。この仕事をやっていてよかったなと思うのは、お客様の人生の節目や、記念となるイベントに、自分の店を選んでいただけたとき。料理人冥利に尽きますね。よく「変わらない味だね」と言っていただけるのですが、人の味覚は慣れたり、変化したりするもの。「変わらない」と感じていただくには、じつは進化している必要があります。これからも進化を続けるために、料理への情熱を失わず、ジャンルを超えてどんどん挑戦していきたいです。新規顧客の獲得にとらわれず、いま店を愛してくださっているお客様の満足度を、もっともっと高めたいですね。

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大切なのはチャンスを見極める目と、チャレンジする勇気

浅野 彰さん
いせや 新館
1977年 調理師科 卒業 新潟県立 佐渡高等学校出身

信頼できる仲間ができた武蔵野調理師専門学校

旅館業を継ぐことを考えたとき、やはり必要性を感じたのが調理の資格。さまざまな学校のパンフレットに目を通したのですが、最終的に理念やカリキュラムにもっとも納得した武蔵野調理師専門学校を選びました。授業を通じ、和食、洋食、中国、製菓と幅広く学べたのが大きかったですね。専門学校だからこそ叶う贅沢な経験だと思います。また授業以外の、運動会やイベントなどの学校行事もいい思い出。イベントを通じて仲良くなった友達といまでも連絡を取っては、料理や経営について話し合っています。学校に感謝していることはたくさんあるのですが、長くつきあえる戦友ができたことは、そのうちの重要なひとつです。

社会人になっても勉強は終わらない

卒業後、銀座を中心に日本料理の店で勤務した後、18年前に地元である新潟県に戻り、「いせや新館」を設立。現在は11の施設を運営しています。仕事をしていて感じるのですが、学校を卒業したとしても、やっぱり日々、勉強なんです。私自身、事業展開に向けて、ワインソムリエの資格を取得したり、スイーツについて学んだり、いまだに勉強に勉強を重ねています。これから調理師を目指す人たちへのアドバイスですが、いまは昔と違い、修行の時間を長くとれば良いという時代ではありません。経験の少ない方が独立し、成功するケースもたくさんあります。「ここだ!」というチャンスを見極める目と、そこでチャレンジする勇気をつねに持っていてほしいです。

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柳澤 勇志さん
株式会社 ワイン厨房tamaya
1997年 調理師科 卒業 長野県立 小諸商業高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校に進学を決めた理由・きっかけ

A.友人と体験入学に参加したことがきっかけです。実習室の厨房や講師の先生方の臨場感あるデモンストレーションに感動して決めました。また就職先が すばらしいことも武蔵野に進学を決めた理由です。

Q.学生時代最も印象に残っていること・役に立っていること

A.挨拶など日常の礼儀など指導が厳しかったことが印象に残っています。調理現場はもっと挨拶や礼儀が厳しいので学校で指導されたことは役に立っています。

Q.仕事のやりがい、歓びを感じるとき

A. 学校を卒業して浅草のレストランに入社しました。日々シェフや先輩から仕事を教えてもらい自分が成長していくのが毎日楽しかったです。25歳の時にスイスの総領事館に料理長として5年間行くことができました。様々な経験できることが仕事のやりがいです。

Q.辛かったこと、苦労したこと、どう乗り越えてきたか、経験から得たことなど

A. 現場で修行始めた時の辛かったことや今料理長としての苦労など、現場が違えば辛いことや苦労は変わってくると思います。小さな壁をコツコツ乗り越えていけば自然と自信と力がついて乗り越えられます。

Q.今の仕事をしていくうえで、心掛けていること

A. このお店はオープンキッチンですのでお客様との会話の中で料理の構成やニーズに合わせられるようにしています。この地域柄、常連のお客様が多いので新しいメニューを常に入れ替えています。

Q.今後の目標、夢

A. 自分の料理をもっとより多くの人達に知ってもらいたいです。お店とスタッフが長く愛される繁盛店を作ることです。

後輩へのメッセージ

料理人の仕事は大変なことが多いですが経験が財産になるのでぜひ頑張ってください。

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金田 俊之さん
株式会社ディリット イルモンドピッコロ
1997年 調理師科夜間部 卒業 埼玉県立 伊奈学園総合高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校に進学を決めた理由・きっかけ

A.夜間部があったことですね。料理について右も左もわからない自分はまずしっかりとした基礎知識を身に付けたいと思いました。 和・洋・中・製菓がカリキュラムに組み込まれていたこと、なんとなく他の調理師専門学校より開かれたイメージがありました。

Q.学生時代最も印象に残っていること・役に立っていること

A.夜間部だったので様々な年代・目標を持った人と知り合えたことです。
自分はイタリア料理を志望していましたが、和食・中華・鰻屋さんなど実際に現場を経験している仲間との話は、とても参考になりました。

Q.仕事のやりがい、歓びを感じるとき

A.料理人ですので、「美味しかった」と言っていただけた時はもちろん嬉しいですが、帰り際に「今日は楽しかった」と笑顔で言って頂けた時はこの仕事をしていてよかったなと思います。
また様々な動機で来店されるお客様をトータルで満足させることができたと思える瞬間はやはり嬉しいですね。

Q.辛かったこと、苦労したこと、どう乗り越えてきたか、経験から得たことなど

A.たくさんありましたが就職したばかりの頃は、知識もバラバラでしたのでシェフや先輩の指示が理解しきれず、とんちんかんな事をしたり随分と怒られました。
辛い時は「自分の店を持ちたい」という思いがそれを乗り越える力をくれたと思います。

Q.今の仕事をしていくうえで、心掛けていること

A.お店をトータルで楽しんでいただきたいと思います。「美味しい料理を作ってればいい」というだけでは個人店ではなかなか成り立たないと思います。より良いサービスと料理が一緒になってお店の魅力が初めて出ると思います。そのためには料理や飲み物の知識はもちろん、お客様と対等に会話をこなす幅広い知識が必要だと思います。 新聞でもテレビでもいいですが、なるべく興味を持って接するよう心がけています。

Q.今後の目標、夢

A.今のお店をもっと魅力的にしたいです。自分はどちらかというとベーシックなイタリア料理が好きですので、もっともっと地元のお客様におもしろがって頂ける様な料理を目指したいと思います。

後輩へのメッセージ

料理人の道はやはり大変なことが多いと思います。自分の店を持ちたいなど将来の夢をしっかりと持つことと、比較的近い目標「鶏をおろせる様になりたい」「パスタ場の担当になりたい」を持つこと。近い目標が達成できた時は素直に喜べる人間になることが大切だと思います。 料理人は「これででいい」とゴールのようなものはありませんので常に新鮮で謙虚な気持ちで取り組んで頂きたいと思います。

現在は武蔵野の後輩がお店で勤務していて、とても楽しそうにお仕事していました。
金田さんの前向きで真面目な姿勢に感動しました。(PRESS)

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星河 将光さん
ビストロ・バル だんだん
2000年 調理師科 卒業 埼玉県立 川口 高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校に進学を決めた理由・きっかけ

A.高校の進路室で入学案内書を見ました。
その時は華調理専門学校・辻調理専門学校と武蔵野調理師専門学校の三校の入学案内書を見ました。
高校時代野球をやっていたので華からの誘いも受けておりましたが武蔵野へ見学に行ったときに、テレビで放映されている「味一もんめ」などの話を聞き、親近感があると思いました。
また就職先がとても良かったことを覚えており進学を決めました。。

Q.学生時代最も印象に残っていること・役に立っていること

A.武蔵野は指導が厳しいと聞いておりましたが、私は野球部でピッチャーをしておりましたので、厳しさはあまり感じませんでした。
また専門学校の仲間は今も連絡を取っていて、料理などの相談に乗ってもらったりすることもあります。

Q.仕事のやりがい、歓びを感じるとき

A.専門学校に在学している頃から30歳ごろには、お店を持ちたいと考えていました。
卒業時後は赤坂プリンスホテルで西洋料理を担当し2年間の経験をしました。 その後は日本料理や、懐石料理など様々な料理を経験し、27歳の時にお店を具体的に出店する為の計画に入りました。

Q.辛かったこと、経験から得たことなど

A.大変なこともたくさんありますが、必ず将来に役に立つと思っています。
またやはり資金的な事はいつも大変ですし、お 店をオープンして1年目はとにかく全てが不安でした。
2年目は売り上げなどを含めて1年目を超えることができずその部分ではやはり厳しかったと感じています。
3年目に入り売り上げも含め全般的に安定し固定客も増えました。

Q.今の仕事をしていくうえで、心掛けていること

A.お客さまがどのような目的で来店して頂いてるのかを考えます。
その時間の中でなるべく個々のお客さまのニーズに合わせられるように、サービスを提供出来るよう心がけています。

Q.今後の目標、夢

A.やはり店舗展開をすることを計画しています。
オーナーという立場で、シェフには自分の好みの料理を提供してもらえるような環境をつくっています。
幅広いお客さまに喜んでもらえるようなメニューを提供していけるように頑張ります。

すごくさっぱりとしたスポーツマン的な人柄を、星河さんに感じました。
これからのご活躍にさらに期待したいです。 (PRESS)
お忙しい中、学園祭へのご来校ありがとうございました。

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中村 温美さん
ぬくもりイタリアン kinoko
2010年 ダブルプログラム科 卒業 長野県立 松本美須々ケ丘高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校へ進学を決めた理由きっかけ

A.都内の専門学校を三校ほど見て回りましたが、整った設備・環境・実習数の多いカリキュラム、また先生と生徒のほどよい距離が見てとれたので武蔵野に決めました。

Q.在学中の印象に残っていること・役立っていること

A.最も印象に残ってる事は卒業制作です。
一から自分たちで考え形にするので、苦労もしましたが達成感がとてもありました。
役に立っている事は、日々の実習で学んだ基本的な知識です。
道具の使い方や名前、作業の手順等てす。例えばオレンジのカットや生クリームの立て方などです。

Q.仕事のやりがい・歓びなど

A.私の盛った前菜 やドルチェを見て、お客様が「キレイ」と言って下さったり、写真を撮っている姿を見ると歓びを感じます。
また限られた時間の中で、以前より多くの仕事をこなせるようになった時も嬉しく感じます。

Q.辛かったこと、苦労したことなどどう乗りこえているか

A.最初は結婚式場の調理場で、正社員として働いていました。表から見たきれいな仕事だけではないし、正社員となると事務的な仕事も多くこなさなければなりません。
それらを苦と捉えずに、どうやりがいを見出していくかが大切だと感じました。
また正社員としてか、アルバイトとして働くかによっても仕事内容が変わってくるので、どのような形で調理に携わるか考えるのも重要だと感じました。

Q.心がけている事など

A.前菜やドルチェを盛る時、スピードを要することが多いのですが、お客様に「美味しそう」「キレイ」と思ってもらえるよう、雑にならないように丁寧に盛り込むことを心がけています。

Q.今後の目標・後輩たちに伝えたいこと

A.現在私は家庭があり、子育てをしながら働いています。
今後の漠然とした大きな夢みたいなものは今のところはありませんが、今の働き方が私の生活スタイルに合っていると思うので、これからも何らかの形で調理に携わる仕事をして行きたいと思っています。
どのような形で調理に携わっていきたいのかを考え、自分に合ったスタイルを見つけて下さい。大きな夢があるなら、無茶だと思うことも今しかできないことなので自分の納得いくまで突き進んでください。

お仕事も家庭も充実している中村さん。
これからのさらなるご活躍期待しています。(PRESS) ^^

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石渡 慎也さん
居酒屋 駿
1994年 調理師科 卒業 神奈川県立 津久井浜 高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校に進学を決めた理由・きっかけ

A.高校時代には飲食店などでアルバイトをしていたので、将来的には料理の世界で仕事をしてみたいと思ってました。
武蔵野調理師専門学校は、津久井浜高校の担任の先生から紹介してもらい、体験入学に参加し入学を決めました。

Q.学生時代最も印象に残っていること・役に立っていること

A.何と言っても厳しかったことですね。武蔵野で厳しく指導していただいたことは、今仕事をしていく上でも役に立っています。
また実習で学んだことは、材料によってアレンジしながら、今もお客様に提供するために大変役に立っていますよ(笑)。

Q.仕事のやりがい、歓びを感じるとき

A.料理人として 「美味しい」とお客様から言っていただけることが何よりも嬉しいですね。
それが全てのやりがいになります。

Q.辛かったこと、経験から得たことなど

A.このお店 【居酒屋 駿】は 2010年5月にオープンし、4年以上が経ちましたが、全てを自分一人で行っています。
カウンターでお客様に料理を提供しながら、お客様ごとの好みや話の話題などを考えて対応すること。このことに慣れるまでは大変でした。
でもお客様が常連さんとしてお店にいらして頂けることや、アドバイスを頂いたりしていろいろなことを学ばせていただいています。

Q.今の仕事をしていくうえで、心掛けていること

A.全てを自分で作って提供しています。仕入れも自分で確認し、お客様に喜んでいただけるものを厳選しています。
また、料理だけではなくお酒も美味しいものを提供できるように、情報収集しています。

Q.今後の目標、夢

A.お店を大きくすることも考えていますが、まずは多くのお客様から「美味しい」と言って頂けるようにして行きたいです。

後輩へのメッセージ

とにかく継続すること!!
物ごと続けなければ何の結果も出ないし、経験もできないと思います。
目標に向かって頑張ってください!

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佐藤 祐城さん
龍の翼
1993年 調理師科 卒業 埼玉県立 狭山 高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校に進学を決めた理由・きっかけ

A.武蔵野調理師専門学校には、帝国ホテルの村上料理長が講師として教えに来ていたことや、入学案内書の中に専門コースが特色としてあり、とても魅力を感じました。

Q.学生時代最も印象に残っていること・役に立っていること

A.入学して特に印象的なのは、武蔵野の厳しさには驚きました。規律・挨拶・服装・髪型まで、社会人としての基本を、御殿場での研修も踏まえ体得しました。
専門的な技術や座学で学んだこと以上に、厳しくしていただいたことが、今にも役に立っています。(笑)

Q.仕事のやりがい、歓びを感じるとき・辛かったこと、苦労したこと

A.現在は料理からサービスまで全てを行っています。卒業後に就職したところでは中国料理以外にもたくさんのジャンルの料理を学び、前職の焼き鳥屋さんではサービスを学びました。
すべてを一人で行うことのやりがいはとても素晴らしいことだと感じます。
その反面自分自身に全責任を負っているので、体調管理にも配慮しお客様に信頼していただけるように頑張っています。

Q.今の仕事をしていくうえで、心掛けていること

A.提供している料理は中国料理がベースですが、過去の経験から懐石や洋風にアプローチしたり、和のテイストを取り入れたりしています。
また、休暇にもいろいろな物を見てまわり、料理だけではなく、空間から居心地の良さといった点でも、お客様に喜んでいただけるように感がえています。
気がぬける暇は今はありませんね…(笑)

Q.今後の目標、夢

A.ソーシャルメディアや食べログなど、とても便利なツールで利用もしていますが、お客様からのコメントでマイナスイメージにつながることもあり得るので、様々なことに気配りしています。
一人ですべてをこなしたくて独立していますが、今後は一緒にやれる人材を育てていきたいと思います。

後輩へのメッセージ

よく先輩方から聞くこともあると思いますが、早く現場に出て働いたほうが良いとか言われたりします。
武蔵野調理師専門学校で学んだことは、厳しさ・人格教育を含め社会に出る前に学べたことは全てが無駄になってはいません。技術はもちろんですが、人としての繋がりを楽しく学んでほしいと思います。
武蔵野の卒業生は、この業界では大変多く心強さも感じられると思います。

前向きで真剣な姿がとても印象的な佐藤さんでした。お身体に気をつけてお客様に喜ばれるようエールをおくりたいと思いました。
また取材当日は “あの石川先生“ に同行してもらいサプライズで再会。驚かせてゴメンナサイ (PRESS) ^^

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畑 康治さん
ラヴィマーナ神戸
1985年 調理師科 卒業 千葉県私立専修大学松戸高等学校出身

【プロフィール】

卒業後日本航空ホテル株式会社、川崎日航ホテルに入社約5年間宴会調理、レストラン調理にて西洋料理の基礎を学ぶ。
この間、「プロスペール・モンタニエ協会フランス料理新人コンクール」にて優秀賞を受賞する。
プリンスホテル株式会社 幕張プリンスホテルに入社3年間宴会調理課に所属し、大矢弘栄総料理長を師事。大型宴会、国賓出席の宴会等の調理を経験する。
10年間のホテルの経験から人材育成に興味を持ち、学生時代の恩師が務める志太学園調理師学校に西洋料理主任として就職。
その間に専門調理師、調理技能士の資格を取得。

調理師学校の外部講師で、元日本郵船役員食堂兼丸の内ポールスター総料理長 児玉俊夫先生の推薦で福島県に開業するリゾートホテル「ブリティッシュヒルズ」に就職。フランス人総料理長のもと、副総料理長として勤務。常陸宮殿下のご臨席のパーティーでの調理、英国大使主催のパーティーなどの調理責任者を務める。ブリティッシュヒルズ在職中に「ソペクサ主催フランス料理コンクール」に出場セミファイナリストに選ばれる。
その後、東京・神奈川で有名レストラン・式場で料理長・総料理長を歴任する。

2011年1月西日本一の規模のブライダル施設「ラヴィマーナ神戸」の副総支配人・総料理長として着任。翌年には総支配人・総料理長に就任。
所属団体日本エスコフィエ協会 ディシブル会員フランス料理アカデミー協会 会員

Q1.調理師をめざしたきっかけについて

子供のころから料理を作るのが好きで、テレビで見た帝国ホテルの村上ムッシュにあこがれ料理人を目指すきっかけになりました。

Q2.武蔵野調理師専門学校に進学を決めた理由など

いろいろな学校のパンフレットを見た際に有名なホテルの総料理長が教えに来てくれることが書いてありました。
※帝国ホテル村上ムッシュ、ニューオータニ福島料理長(現校長) 他
またホテルの就職をしている卒業生も多かったので武蔵野調理師専門学校に決めました。
入学してから特別授業と西洋料理専門課程の授業で福島校長先生の授業を受講しコックコートの着こなし、料理、話に感動を受けて自分自身の就職先を「ホテルニューオータニ」に勝手に決めてました。
※結果は気持及ばず。。。
夏研修は「蓼科東急リゾート」に行き、朝から晩まで鍋洗いをしてました。これがあったから今があると考えますし、礼儀など厳しい事も学べました。

Q3.在学中の思い出など

ホテルに就職するには学校を休むな!夏研修に行かなくてはダメだ!当時の教務部長先生(今川先生)の言葉を信じ、休まず行きました。
結果、なんとかホテルに就職することはできました。
料理人の仕事は「人」との繋がりだと思います。
お客様との繋がり、同じ職場の人との繋がり、仲間との繋がり…そのおかげで今の自分の立場があると思います。

Q4.現在のお仕事について

「すべては素材の味を最大限に引き立てる」
そのためには素材の追求、バター・生クリームを極力使用しないフランス料理を作りたい。
「全員の記憶に残る“一生わすれられない料理”を作りたい」
ラヴィマーナ神戸ではお二人の「思い出ご飯」を再現して披露宴で提供しております。
料理人が押しつけた料理ではなく、お二人のおもてなしの気持ちを大事にした婚礼料理を提供しております。

Q5.今後の目標など・後輩に伝えたい事

昔話をするのはあまり好きではありませんが、私の修業時代はまだまだ封建的な仕組みが残っておりました。
しかし、その中で先輩から沢山のことを学びました。先輩たちが勉強してきた財産を惜しみもなく教えて頂きました。
その事にはとても感謝しています。

現在、インターネットなどでいつでも世界中の料理を勉強できます。
「人が作ってきた料理には必ず、その人にしか知らないコツがある」
そのコツをこれからも若いスタッフに教えていきたいと思います。

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新井 庄一さん
京都ブライトンホテル 鉄板焼 「燔」
1995年 調理師科 卒業 長野県立下伊那農業高等学校出身

【プロフィール】
武蔵野調理師専門学校 卒業後、インターコンチネンタル東京ベイ飲料部調理課に勤務
カリフォルニア料理メインダイニングやフランス料理などのレストランを担当する。
その後知人の誘いで、愛媛県今治市のレストラン「ボヌールブッソール」でオープニングスタッフとして勤務。
2002年、京都ブライトンホテルに勤務し、鉄板焼部門に配属。

Q1.調理師をめざしたきっかけについて

両親が共働きだったため自分で料理を作ることが多く、父に作ったラーメンを褒めてもらったことや、小さい頃に観ていたミスター味っ子というアニメが好きで、料理人がカッコ良く思え、食べることも大好きだったからですね。

Q2.武蔵野調理師専門学校に進学を決めた理由など

1年で資格が取得でき、就職ができるという実績や、地方から進学する際に、学校に通いながら働くことが出来る、【アルバイト進学制度】に魅力を感じ、住む場所も確保できるこの制度のある武蔵野調理師専門学校に決めました。
また料理の鉄人で出演している料理人が、武蔵野で授業をされていることもあり、興味をもちました。

Q3.在学中の思い出など

始めに一流ホテルに就職できたこともあり、数多くの先輩に出会い、様々な調理法や人間関係を勉強することができました。また学生時代にレストラン「エルミネージュ」の池田先生の講義に感銘を受け、自分のお給料で食べ歩きに行くことで、新たな発見を得ることを知り、東京で働いた時期に様々なお店に行くことが出来、得るものが多くありました。

Q4.現在のお仕事について

現在の鉄板焼きの仕事は控えめな性格の私にとって、向いていないのではないかと思っていましたが、先輩のアドバイスやお客様からの励みの言葉により、改めてカウンターでの接客の楽しさを知り、お客様への細かい気遣いや、サービス精神を勉強させていただくことができました。
またホテルの鉄板焼きという高級なレストランに来られるお客さまに対し、最大限のおもてなしが出来るように「シニアソムリエ」や「鉄板焼き協会の準師範」。「チーズプロフェッショナル」「京都検定2級」などの資格を取得し、様々なお客様に対応が出来るよう勉強を続けています。
小さい頃に描いていた料理を作るという事で、喜んでもらえるという、仕事を通じて改めてやりがいを実感し、それぞれのシーズンでお客様に喜んで頂ける楽しさや、面白さを実感しています。

Q5.今後の目標など・後輩に伝えたい事

これまでの私にとって、学校であった仲間や職場であった先輩に助けられここまで成長する事が出来ました。
一緒に頑張った仲間は、困った時に相談にのってくれて助けてくれたり、一生懸命に仕事をする姿を見て、先輩が声をかけてくれたりと、思いがけないきっかけが待っていました。一見無駄に思う事でも、極める事でいずれ役に立つ事もあります。
これから知り合う同業の人間関係は大切な財産です。お互いに刺激を与えあいながら成長できる機会を大事にして下さい。

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高橋 邦幸さん
そば処 井ざわ
1995年 調理師科 卒業 長野県立臼田高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校へ進学を決めた理由きっかけ

A.とりあえず東京に行きたかったから(笑)
調理系の専門学校を何校か見学しました。池袋という場所的なことや、設備・就職先など比較検討し武蔵野調理師専門学校に進学を決めました。

Q.在学中の印象に残っていること・役立っていること

A.食品衛生など座学はとても役に立っています。また専門コースがあったこと、専門的にそれぞれの分野を学べることがとても魅力的でした。就職指導においては戸谷先生に指導して頂き面接の模擬試験などで大変に役に立ちました。
担任の先生は島村加代子先生でした。。

Q.仕事のやりがい・歓びなど

A.やはりお客様から「おいしい」と言われることですね。
また遠方からのお客さまが来てくれた時など嬉しいですし歓びを感じます。

Q.辛かったこと、苦労したことなどどう乗りこえているか

A.店長と言う役柄、接客の対応をしたりアルバイトの指導をしたり運営全般を把握しなければならず、料理に集中することができないことが辛いです。
またサービスも行っているのでお客様からの声を直接聞くことができるので、良いことだと思ってます。

Q.心がけている事など

A.料理はいつも最高のものを提供できるように心がけています。特に麺は茹で時間が大変重要ですし難しいです。

Q.今後の目標・後輩たちに伝えたいこと

A.将来は自分のお店をしたいです。大きすぎるお店ではなくコンパクトなお店で、お客さまのことが把握できるようなお店を運営したいですね。
後輩の屋さんには、継続することを心がけください。上下関係にも気を使い具体的な夢を持って進んでください。

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安田 直樹さん
Slow food 奏樹庵(soujyuan)
1997年 調理師科夜間部 卒業 愛知県私立愛知工業大学名電高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校に進学を決めた理由・きっかけ

A.小学生の頃から家族で外食する度に、お店で料理をつくる姿とサービスに魅了されて、いつか自分のレストランを持ちたいと思っていました。高校時代に当時の人気テレビ番組「料理の鉄人」でピークを迎え、ますます料理人として勉強したいと思い、調理師学校で基礎を学ぼうと志しました。
当時、東京への憧れと関東に親戚がいたので調理師学校をいくつか調べました。そして、挑戦したいと思い進学を決めました。

Q.学生時代最も印象に残っていること・役に立っていること

A.ヨーロッパ研修に参加し、フランス・リヨンでの現地の素材の良さに感動しました。イギリス、イタリア、スイスでの3つ星レストラン(タイユバン・サバティーニなど)の料理に驚かされました。特別講義で帝国ホテルの村上料理長が毎日食べたい美味しい物は身近にあるものとおしゃったことが印象的でした。例えば、普段は妻がつくるお味噌汁やごはんがホッとするんだよと。とおしゃっていたことです。

Q.仕事のやりがい、歓びを感じるとき

A.お客さまとのふれあい、喜んでいただけたときに直に声を感じることができます。
自分が目標として掲げたことを少しでも達成できたときは、更に上を目指していきたいと思うやりがで、まだまだ日々勉強中です。

Q.辛かったこと、苦労したこと、どう乗り越えてきたか、経験から得たことなど

A.仕事では辛いこと、苦労は日々あるが、それ以上にやりがいや新たな発見があるので、前に進むと今の努力が当然と思ってがんばっています。経験からは過去・未来の人との繋がりがいつも刺激を与えてくれています。

Q.今の仕事をしていくうえで、心掛けていること

A.当たり前のことをいかに当たり前にできるようにいつも初心にかえり、新しい発想もイマジネーションしています。妥協せず続けることを特に心掛けています。

Q.今後の目標、夢

A.料理という概念だけにとらわれないで、お客さまに喜んでいただけるサービスをどんどん提供していきたいです。

後輩へのメッセージ

武蔵野調理師専門学校を卒業生して本当に良かったと思います。当時の経験がたくさん今に活きています。学生時代に使っていた包丁を今でも大事に愛用しています。武蔵野の文字と学生番号を見るたびに誇りと目指した自分を振り返り、どんなときも心が高ぶります。

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鈴木 健之さん/扶美子さん
Bakery 25 ベーカリー25
鈴木 健之さん 1999年 武蔵野調理師専門学校 調理師科 卒業 静岡県沼津市立沼津高等学校出身/鈴木 扶美子さん(旧姓 永原) 2000年 武蔵野栄養専門学校 栄養科 卒業 埼玉県立鴻巣高等学校出身

今回は、Bakery 25のオープン日(2014年8月25日)と、オープン後1ヶ月のお店を取材させて頂きました。
なんとご夫婦が武蔵野調理師専門学校と武蔵野栄養専門学校の卒業生だったと知ったのは、取材した当日!
PRESS的には、とんだサプライズでした。

8月25日のオープン当日には、お客さまもひっきりなし。
鈴木さんもパンづくりに嬉しい悲鳴のような…
なのでお客さまにインタビュー
「いつも通る路に、新しくパン屋さんが出来ると知り、オープン日にきました。とても期待していますし、今日は子どもも連れて買いにきました!かわいいお店ですね ^^」
次々とたくさんのお客さまが並んで購入していました。

Q.武蔵野調理師専門学校へ進学を決めた理由きっかけ

A.知人が武蔵野調理師専門学校在学していたことと、もともとパン屋さんになりたいと考えていました。
調理を全般的に学びたいと考えていたところ、武蔵野には基本を学んだ後に、それぞれの専門コース(日本・中国・西洋・製菓製パン)を選択できることを知り、とても魅力を感じました。

Q.在学中の印象に残っていること・役立っていること

A.やはり講師陣ですね。第一戦で活躍している有名なシェフが指導に来ています。
また御殿場研修での思い出も楽しい思い出です。厳しかったけどとても良い思い出になってます。
イベントでは学園祭は制作をすることなどとても辛かった記憶ですね(笑)

Q.今後の目標など

A.自分自身でお店を経営することや、この業界はとても厳しいことも知っていましたが、その部分をしっかり認識した上でオープンしました。
タイミング的には家族(子ども)が落ち着いてきましたので。
オープン当初はとてもバタバタしていました。
商品が売れるのはとても嬉しいことですが、人手のことも含め作りきれずに限界を感じていました。
ですが最近では自分のペースで作ることができるようになりましたし、リピーターさんも増え実感を感じます。

また自分の作りたいパンを制作できるようになりました。
まだ試作の物もありますが、武蔵野調理師専門学校の同期の、橋本さん(沼津301餃子 オーナー)との共同開発も計画しています。

これからますます楽しみな、鈴木さん。
「これからは固定客がついてできるだけ長く続けていきたいですし、地元の人たちに受け入れてもらえるように地道に努力します!」
と力強くコメントしてくれました。
奥様とご一緒に楽しみながら運営していって欲しいと思います。(PRESS)

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橋本 貴史さん
沼津301餃子
1999年 調理師科 卒業 静岡県立沼津商業高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校へ進学を決めた理由きっかけ

A.武蔵野調理師専門学校は高校の同級生から紹介され知りました(笑)
東京での就職先を選べたことと、一年間で調理の技術と知識を学べるため進学を決めました。

Q.在学中の印象に残っていること・役立っていること

A.調理実習については、日本・西洋・中華・製菓の各実習がひととおり学べた点が良かったですね。
自分自身の思い出は、沼津から往復4時間の道のりを通学したことですね。キツかったぁ…
さらにラーメン屋でバイトもしてました。

Q.仕事のやりがい・歓びなど

A.やはりお客さんに喜んでもらえたときの嬉しさですね。
お客さんにどうやったら喜んで頂けるかを、楽しみながら考えてるときですかね。

Q.辛かったこと、苦労したことなどどう乗りこえているか

A.ここまで、辛いことも苦労もいっぱいありました。
でも少し時間が経てば思い出になり、今が底でこれからは右肩上がりだと思うようにしています。

Q.心がけている事など

A.お客さんとスタッフと自分が仕事を通じて喜び、楽しみながら運営していきたいです。。
プライベートな時間よりも仕事としての時間が長いですので、いかに楽しくこなすかを考えています。

Q.今後の目標・後輩たちに伝えたいこと

A. 2014年7月26日 OPENの2店舗目を成功させることです。
沼津駅近くに展開しますが、お客さんの層も時間帯も今までとは異なってくると思います。
後輩たちにも負けないように頑張ります!!

常に楽しく…その中にも高い意欲で向上心のある橋本さん。
いつも仲間たちとの笑顔が本当にステキで印象的でした。(PRESS)

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釼持 貴広さん
洋食屋 KENzo ケンゾ
2003年 高度調理経営科 卒業 長野県立長野商業高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校へ進学を決めた理由きっかけ

A.東京に行きたかったというのが正直なところですが、専門学校などの進路のガイドプックなどを参考に東京調理専門学校など何校か体験入学に参加して検討しました。
武蔵野調理師専門学校は設備しっかりしていたことと進路先(就職先)が良かったので決めました。

Q.在学中の印象に残っていること・役立っていること

A.在学中は野球部に所属していたので、当時の監督 石川先生を覚えています。
野球部では東京都大会優勝した記憶ですね(笑)
実際のところ役立ってることは、鍋磨き・包丁研ぎの基本的なことが特に役立っていると思います。

Q.仕事のやりがい・歓びなど

A.お客さまが楽しそうに食事しているときは嬉しいですね。
現在はワンプレートランチを5種類提供しています。
お客さまは女性のお客さまが多く、更に喜んで頂けるように女性目線や感じ方など常に意識しています。
実は当初スタイリッシュなお店からフレンチアンティークを意識し、インテリアからも居心地よく居て頂けるように常に心がけています。
それがお客さまに受け入れられているように実感できる事もやりがいです。

Q.辛かったこと、苦労したことなどどう乗りこえているか

A.お店をOPENする時、すべて自分で考えたが本当にお店作りは大変だった。
お客さまにに満足してもらえるように、OPEN当初からプレッシャーは強かったし、口コミで評判は広がるので失敗できなかった。
なんと言ってもすべてが初めての事。オーダーの取り方やサービスなどすべてが初めてでしたが、謙虚に提供してきました。

Q.心がけている事など
A.お客さまは女性の方がターゲットとなっています。先にも話しましたが女性目線・感じ方を考え、清潔感があり楽しく居心地よくあるようにしています。
また食材へのこだわりも強いですね。地元、長野県地場野菜をたっぷり使用したり、長野県産の肉を採用しています。
米は長野県飯綱町 (三水村) こしひかり を使用しています。

Q.今後の目標・後輩たちに伝えたいこと

A.お店を長野でいちばんの有名店にしたいです!!
フレンチベースでご飯に合うお店を極めていくことですね。
後輩たちには「頑張れ!!」です。
挨拶・掃除 言葉使い・鍋磨きなど基本的なことをきちんと覚え、知識的なこと座学も出来るだけ多く吸収して欲しいですね。。

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佐藤 浩一さん
京王プラザホテル札幌
1981年 調理師科 卒業 埼玉県立日高 高等学校出身

【プロフィール】
武蔵野調理師専門学校 卒業後、九段下のフレンチのお店「ビストロボンボワザン」に13年間勤務し、「プティボワザン銀座店」にて料理長兼店長として活躍する。
その後、京王プラザホテルに勤務し、宴会料理長としてご活躍。京王プラザホテル八王子では総料理長として活躍される。
同時期にレ・ディシプル・ド・オーギュスト・エスコフィエ称号を取得する。現在は京王プラザホテル札幌で、総料理長としてご活躍中である。

Q.武蔵野調理師専門学校へ進学を決めた理由きっかけ

A.武蔵野調理師専門学校は、母親の実家が池袋で学校からも近くよく知っていたので、武蔵野に進学しました。

Q.在学中の印象に残っていること・役立っていること

A.帝国ホテルの村上シェフの授業があった事や、私自身野球部だったので、準優勝したことが強く記憶に残っていますね。調理師学校というより野球部としての記憶が強かったです。(笑)
また、大島先生(現教務課在職)から紹介を受け、夏休み中のアルバイト研修で軽井沢に行き1ヶ月間研修を受けました。
その経験をふまえレストランを紹介して欲しいと頼んだところ、九段下のビストロボンボワザンを紹介され、在学中9月頃からアルバイトさせて頂いた。
今振り返ると、大島先生との出会いが現在に繋がっていると実感します。当時、本当に厳しかったですが、職場での上下関係などをしっかり学ぶ事が出来ました。
卒業後はそのまま、ビストロボンボワザンに就職し、寝る間も惜しみがむしゃらに働きました。

Q.現在の職務について

A.京王プラザホテル札幌に来て1年となりますが、調理場での後陣の指導から、ブライダルフェアなどのプロデュース業務なども行い、お客さまへの提案・相談と幅広く担当させて頂いてます。第一にお客さまが満足して頂けるように努力し、記憶にとどめて頂けるように日々勤めています。
また北海道産の食材を使用し、直接生産者と協力しながら良い物をご提供できるように、自身の足で産地の開拓も行っています。

Q.今後の目標・後輩たちに伝えたいこと

A.後輩の皆さまには、最初の気持ちを忘れずに夢を持って続けて欲しいです。
京王プラザホテル札幌での総料理長としての 役割をキッチリこなし、子どもたちにも食育などを伝えて行けるような、テーブルマナーなどの取り組みも考えて行きたいですね。

とても力強く、キラキラとした目の輝きが 印象的な佐藤 総料理長から、取材しながら元気をもらえました。(PRESS)

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宮岡 貴之さん
ザ・ウィンザーホテル洞爺
2002年 高度調理経営科 卒業 埼玉県立大井高等学校出身

【プロフィール】
卒業後は、京都の天橋立にある旅館「文珠荘」に就職。その後、東京の和食レストランに転職。その後、こちらのウィンザーホテル洞爺リゾート&スパで働いています。
私が就職するにあたり、学生時代にホテル研修で出会った黒須浩之料理長の紹介で勤務しております。
ここウィンザーホテル洞爺「杜氏賛歌」も黒須料理長プロデュースのお店です。

Q1.調理師をめざしたきっかけについて

親が共働きだった私は、小学生の時から台所で料理をすることが多く、だんだん楽しくなり、この調理師を選びました。
祖父母が埼玉の川越で食堂をしていた事もあり、地元へ帰って食堂をするのが今の私の目標です。

Q2.武蔵野調理師専門学校に進学を決めた理由など

家が近い事もありましたが、武蔵野調理師専門学校が関東で有名な学校と聞き、進路室の資料などを参考にしました。
また体験入学に参加し、プロの方々が使うなべ、ガス台を使い、教えていただきました。先生方が大変親切にしてくれたので、進学しようと思いました。
体験入学では天ぷらの実習をを行い、日本料理に興味をもちました。

Q3.在学中の思い出など

卒業後にも同期とは連絡をとりあいお互いの情報交換などをしてます。イベントなど学園祭は楽しい思い出ですね。
入学後間もなく行った、御殿場での宿泊研修も厳しかったですが、体育会系の感じで自分にとっては問題ありませんでした。
また、親を招待し日頃の成果を発表する賞味会では、サービスする際には手が震えました。(笑) でも親が喜んでくれた事は、素晴らしい記憶ですね。

Q4.現在のお仕事について

衛生面には特に気を使っています。
お客様に提供するので、細心の注意を払いながら職務にあたっています。在学時に学んだ事も座学などが役に立つ事もあります。

Q5.今後の目標など・後輩に伝えたい事

今考えますと、大変な時期もありましたが、やっぱりこの調理師という仕事に就いて良かったと思います。私は、自分のお店を持つことが夢です。
地元で食堂をしたいという夢です。少しずつではありますが、前進しているかと思います。これから武蔵野に入る方も、今、武蔵野で勉強されている方も、自分も夢を持って前進して欲しいと思います。

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渡辺 純一さん
なべさん食堂
1973年 調理師科 卒業 北海道立熊石高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校へ進学を決めた理由きっかけ

A.高校の進路にあったパンフレットをみて、先生からのすすめもあり進学を決めました。

Q.在学中の印象に残っていること・役立っていること

A.在学中はよく叱られた記憶もありますが、先生方(たぶん中村先生、戸谷先生)を記憶しています。

Q.仕事のやりがい・歓びなど

A.お客さんから「美味しかった、また来るね」と言われるときはやりがいを感じますね。

Q.辛かったこと、苦労したことなどどう乗りこえているか

A.卒業後、神田明神近くで1年間働いたころの、下積みは大変でした。
現在は自分の店なので、すべてがお客さまのためになるので全部頑張っています。

Q.心がけている事など

A.お客さんに満足してもらえるように努力しています。量・質ともに満足してもらいたいですね。

Q.今後の目標・後輩たちに伝えたいこと

A.年齢的には社会で言うところの定年ですが、身体が動く限り現役で頑張って働きたいですね。
後輩のみなさんには、厳しい世界ではありますが、基本を大事にして頑張って欲しいと思います。

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川井 鮎香さん
むつグランドホテル 調理部門 洋食部門
2008年 高度調理経営科 卒業 青森県立大湊・川内高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校へ進学を決めた理由きっかけ

A.料理を作ることが好きだったので、自分の好きなことを職にしたいと思い、高校の時の先生に相談したところ、武蔵野調理師専門学校を進めてくれたことがきっかけでした。体験入学にも参加しました。在学中は一人暮らしでしたが、父が東京に居たので不安はありませんでした。

Q.在学中の印象に残っていること・役立っていること

A.フランス語の授業はとても役に立っています。普段の仕事中にもフランス語で調理法などを指示されることが多いのですが、すぐに対応できています。
学校行事の御殿場での研修はクラスのみんなとの交流や、身体を動かすことはあまりないので、良い思い出です。

Q.仕事のやりがい・歓びなど

A.やはり自分が作った料理を「美味しい」と言ってもらえる事に、歓びを感じます。お客さまと直接話す事はありませんが、ホールスタッフから聞いた時は特に嬉しいです。

Q.辛かったこと、苦労したことなどどう乗りこえているか

A.ゴールデンウイーク中の3日間の労働はとても辛かったです。少ない時間でも睡眠をとって、体力と気力で乗りこえてきました。
こちらでは結婚式のお客さまの対応は、300名から400名と多いので、対応が大変になる事も多々あります。

Q.心がけている事など

A.ただその作業をするだけではなく、次の作業の事や優先順位を考え、すぐに次の作業に移れるように考えながら仕事しています。
また、職場は男性が多いので、女性という立場を活かして細やかな心配りを出来るように心がけています。

Q.今後の目標・後輩たちに伝えたいこと

A.現在はコールド部門を担当しているのですが、ホット部門も出来るように自分の業務だけではなく、周りの作業を見ながら仕事をして、いざという時に対応できるようにしたいです。努力を惜しまず、何ごとにも進んで挑戦していきたいです。

学校での実習では食材にも沢山触れられます。今思い返すと、もっともっと勉強しておけば良かったなぁ…と考える事もあります。(笑)
また実習ももちろん大事ですが、座学などの知識はもっとやっておけば良かったと感じる事もあります。
後輩のみなさんにも一日一日を大切に過ごして欲しいと思います。

目がキラキラと輝いていた川井さん。これからのさらなるご活躍期待しています。(PRESS)

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渡辺 正さん
自家製卵麺 萬山園
1982年 調理師科 卒業 長野県私立松商学園高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校へ進学を決めた理由きっかけ

A.東京の学校に行きたいと考えていたので、進路情報誌などを確認し、武蔵野調理師専門学校へ見学に行きました。
他にも新宿にある学校も見学しましたが、武蔵野は設備もしっかりしていたので決めました。

Q.在学中の印象に残っていること・役立っていること

A.当時は男子学生の比率が高かったので、やりやすかったように思います。現在も連絡をとり合う友人も居ます。
また中華料理や、洋食などアルバイトでもしていたのも、経験にはなってますね。

Q.仕事のやりがい・歓びなど

A.中国料理が一躍注目を集めるようになったのは、周富徳さんや、陳建一さんのおかげだと思います。
自分自身の経験として、目白 揚子江で7年半勤務し経験を得ました。
その後、松本に戻り出店に向け諸々準備しました。地元の方々に本格的な中華を提供したいと思い、お客さまから教えて頂きながら味を調整したように思います。

Q.辛かったこと、苦労したことなどどう乗りこえているか

A.父とお店を運営している時は、父が作り私は配達だけしていても、お客さまから「味変わった?」と聞かれることがあった。
自分が作るようになり、3代目(私)の味に慣らしていくのが大変だった。常にお客さまとのキッチボールで探りながら味を合わせてきた。

Q.心がけている事など

A.お客さまなどから「そこまでやるの?」という声を聞くまでこだわっています。
面を打つことは、昭和2年頃には製麺業者は無かったので、すべて自分で作り、麺打ちのためのローラーも他には無いもので作っていました。
また冷凍物は使用していません。メンマも乾燥メンマを使用し、すべてを手づくりで行っています。
もちろん自分が「美味い!」と思ったものを提供しています。

Q.今後の目標・後輩たちに伝えたいこと

A.浅間温泉がにぎやかになることを願っているし努力しています。
食べ物は人を待たせて、集客する事が出来る。力のある食べ物にこだわって欲しい。
業界に入ると壁にあたる事もあります。でもすべてが越えられる壁なので頑張って欲しい。

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望月 真吾さん
松栄寿司 石渡店
1999年 調理師科 卒業 長野県立長野商業高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校へ進学を決めた理由きっかけ

A.先輩が武蔵野調理師専門学校の卒業生だったので…

Q.在学中の印象に残っていること・役立っていること

A.なんといっても、御殿場で行う研修旅行ですね(笑)
挨拶や人格教育の研修は、仕事場での上下関係などにも役にたちます。

Q.仕事のやりがい・歓びなど

A.お客さまが、「おいしい」「おいしかったよ」といって頂いたときや、
美味しい物がつくれた時にも、歓びを感じますね。

Q.辛かったこと、苦労したことなどどう乗りこえているか

A.将来のことを考えて、出来ることはすべてやってみようと思い頑張ってきました。
常に楽しくやることですね。

Q.心がけている事など

A.自己満足にならないように、お客さまが「楽しく」「美味しく」して頂けるように心がけています。

Q.今後の目標・後輩たちに伝えたいこと

A.このお店は父親が築いたもので、既に35年の歴史があります。
今後はもっと売上げを伸ばせるように努力して、お店を拡張し建て替えたいと思っています。
この業界の未来は明るいと思いますので、ぜひ頑張って下さい。
お父さまと仲良く末永く頑張って下さい。(PRESS)

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大木 雅代 (旧姓:小川)さん
カフェ ア・ラ・パパ
1997年 高度調理経営科 卒業 埼玉県私立浦和学院高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校へ進学を決めた理由きっかけ

A.料理を勉強して調理師免許を取得する事は、料理を仕事にしなかった場合も、女性としてもプラスになると考えたからです。
武蔵野は自宅からも近かった事と、2年生の学科があったので決めました。

Q.在学中の印象に残っていること・役立っていること

A.フランス語の授業や、ホテルレストランでの現場研修を1ヶ月間おこなった事など記憶しています。
また、ヨーロッパ研修旅行では友達との交流がたくさん持ててとても良かったです。沢山の本物に触れさせて頂き、いつも初心を思いだします。
学生時代の仲間とも今も交流がありますね。

Q.仕事のやりがい・歓びなど

A.料理を作り接客をする中で、いろいろな人とコミュニケーションをとれることですね。
2005年12月にOPENした店も9年を迎え、自分のお店を運営しながら生活が成り立っている事は、やりがいにもなります。

Q.辛かったこと、苦労したことなどどう乗りこえているか

A.長時間労働での体力面や精神面には苦労しました。職場での人間関係、コミュニケーションは大変重要だと思います。
また、すぐにあきらめない気持ち、ダメでも常に突破口と自分の可能性を信じて行動し、思い立ったらすぐに行動する様にしています。

Q.心がけている事など

A.何ごとも頑張りすぎないこと。「適当 (良い意味で)」ということが長続きのコツだと思います。
また、お店の商品は全て手づくりにこだわっています。

Q.今後の目標・後輩たちに伝えたいこと

A. 2020年の東京オリンピックにはお店をもっと拡張したいです。具体的にはお店のリフォームも考えていますし、人を育てたりしたいですね。現在は大変な時にはアルバイトを採用したりしていますが…(笑)

食べることは、生きることです。
ネームバリュー・ブランドにこだわりすぎず、勉強したことを活かして人の役に立てる仕事をめざして欲しいです。

明るく笑顔もとても素敵な大木さんが印象的でした。(PRESS)

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町田 寛明さん
株式会社 ミンフィー
1998年 調理師科 卒業 埼玉県立羽生第一高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校へ進学を決めた理由きっかけ

A.進路について考えていた高校3年時、手に職を持ちたいと思い、美容師か調理師を考えました。いろいろと調べて行くうちに調理の世界へ魅力を感じ調理の道へ進むことを決めました。武蔵野調理師専門学校へは体験入学に参加して進学を決めました。

Q.在学中の印象に残っていること・役立っていること

A.すべてが初体験だった調理実習。特に印象に残っているのはジャガイモと人参のシャトー剥きです。すごく簡単そうにやっていた先生の実習を見た後、いざ自分がやってみると、「こんなにも手と包丁が動かないものなのか!!」と全く出来ない自分にビックリしました。この気持ちは経営者になった今も自分の中にあり、スタッフ教育の際「こんな簡単な仕事もできないの?」ではなく「出来なくて当たり前」「初めてなんだから」という気持ちで、丁寧な教育指導を心がける様になりました。

Q.仕事のやりがい・歓びなど

A.自分で考えた料理やメニューを召し上がって頂き、お客さまに喜んで頂けたときはやりがいを感じますね。
またそのメニューが、お客さまの口コミなどから賞を頂いたりしたこともありますが、やはり嬉しいものですし歓びを感じます。

Q.辛かったこと、苦労したことなどどう乗りこえているか

A.自信満々で始めたお店でしたが、オープン当時は全く売り上げが伸びずにどん底でした。でもある時から一気に売り上げが上がり現在も伸び続けています。
今、振り返ると自分の気持ちが大きく変わったことを思いだします。
それは「自分が…」「自分は…」という気持ちから、
「お客さまが…」「お客さまは…」という お客さまの目線で物事を考える様になったことが大きな変化だと思います。
お店は常にお客さまに支えて頂いているという事を身をもって感じました。

Q.心がけている事など

A.一切妥協せずに、当たり前の事を真面目に取り組みむことです。あとは自分がいちばん楽しむ事です。

Q.今後の目標・後輩たちに伝えたいこと

A.今まで以上に地域密着レストランをめざし、地元戸塚の方々に愛されるお店にしていきたい。また商店街とも協力し、みなさまに喜んでもらえるようなイベントを企画したり、常連のお客さまを招待しその時のアンケートを頂いたりしながら、ここ戸塚を盛り上げて行きたいですね。

後輩のみなさんには、 まず基本的な事ですが「あいさつ」と「返事」を大切にし、今の自分の夢へ一生懸命向かって頂きたいと思います。
「頑張って下さい」…と力強いエールを頂きました。(PRESS)

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稲尾 正和さん
和風レストラン 稲安
2004年 調理師科 卒業 埼玉県私立正智深谷高等学校出身

い・な・や・す・の・味
いつきても、なかよく食べて、やすらげる、すてきな人の、つくる味なり

Q.武蔵野調理師専門学校へ進学を決めた理由きっかけ

A.母が武蔵野調理師専門学校の卒業生ということもあり選択しました。

Q.在学中の印象に残っていること・役立っていること

A.なんと言っても同級生の友達ですね。志を同じくする同級生は時に相談にのってもらったり、かけがえのない存在です。
また、在学中の夏休みに、草津のホテルで研修を一ヶ月間行いました。社会人としての厳しい研修や、言葉使いなどの基本的なことをたくさん学びました。

Q.仕事のやりがい・歓びなど

A.お客さまが喜んでいるところを直接みれることです。独立しメニュー構成から接客、仕入れまで全部行い「美味しい」と言って頂ける本当にシンプルなことです。

Q.辛かったこと、苦労したことなどどう乗りこえているか

A.やはり言葉使いなど大変でした。上下関係といった人間関係も大変でしたが、野球を経験していたこともあり乗りこえてこれたと思います。

Q.心がけている事など

A.お客さまに提供するものには妥協はしないことです。地元西方町も人口減少となっていますが、地域に密着しお客さまに喜んでもらえる様にしたいです。

Q.今後の目標・後輩たちに伝えたいこと

A. 弟とも協力しながら家族みんなでお店にお客さまが並んで頂けるように頑張ります。
(弟さんもまた武蔵野調理師専門学校を卒業)
後輩のみなさんには、挫折することもあると思いますが、辞めずに3年は辛抱して欲しいです。また頑張ってるということは他人が評価することだと思います。

あたたかいご家族と一緒にますます輝いて欲しいと思いました。(PRESS)

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茂木 俊久さん
ベーグルと天然酵母のパンの店 Milestone
2001年 調理師科 卒業 埼玉県立秩父高等学校出身

.武蔵野調理師専門学校へ進学を決めた理由きっかけ

A.高校3年生の時は進路を迷っていました。調理関係と音楽関係、福祉など、進路について迷った時期もありましたが、現実的に自分にできることを考えた時に、調理分野かなと思い専門学校選びを開始。進学情報誌を参考にしましたが、武蔵野調理師専門学校が設備もよく、自宅からの通学も可能だったので決めました。

Q.在学中の印象に残っていること・役立っていること

A.やはり新入生の研修(御殿場宿泊体育研修)が記憶に残っています。
また武蔵野には多くの有名なシェフが教えにきていたことは、業界の情報を肌で感じられよかったと思います。

///// 茂木 俊久 さんについて
ベーグルと天然酵母のパンの店 Milestone (マイルストーン)を経営する茂木さんは、武蔵野卒業後、神田 山の上ホテルに就職するもパンに興味を持ち退職。
すぐに巣鴨にある喜福堂にて勤務。さらに地元秩父に戻り大手チェーンのインストアベーカリーにて勤務する。
その後、給食受託会社レオックに5年勤務した後に、脱サラ。

2013年1月23日 ベーグルと天然酵母のパンの店 Milestone (マイルストーン)をオープン。
お店の特徴として…
・北海道産小麦「春よ恋」使用
・あこ天然培養酵母使用
・沖縄の塩「シママース」使用
・北海道産甜菜100%「ビートグラニュ糖」「きび砂糖」使用

2013年11月16日「アド街」にて放送、その他テレビ放映されるなど注目を集めている。
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Q.仕事のやりがい・歓び・心がけている事など

A.美味しいものを食し、自分でつくりそれを追求し、「ベーグル」を通しパンの世界をもっと知って欲しいと思います。
また商品は、シンプルでありながら、天然素材にこだわり、バター・牛乳・卵などは一切使用していない。

Q.今後の目標・後輩たちに伝えたいこと

A.自分の目のとどく範囲で商品を作り、お客さまに喜んでもらえる様な商品を提供したい。
ビジネスとしてというより、趣味の延長です…と遠慮気味に話す。
後輩には目標を持ち、技術を磨きながら頑張って欲しい。
製菓・製パンの業界はとても華やかにみえるが、大変な業界です。
仕込みが時には夜中に及ぶことがある様な体力勝負。
でもあきらめずに目標に向かって欲しいですね。

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前島 千尋さん
松喜屋
2005年 調理師科 卒業 新潟県立十日町高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校へ進学を決めた理由きっかけ

A.父(洋一さん)が武蔵野調理師専門学校の卒業生(調理師科6期生1973年卒)ということもあり、学園祭などにも参加し興味が有ったので入学を決めました。

Q.在学中の印象に残っていること・役立っていること

A.在学中の夏休みに、ホテルで研修を行い実際の現場を体感できて、言葉使いなどの基本的なことをたくさん学びました。

Q.仕事のやりがい・歓びなど

A.いちばんはお客さまに喜んで帰ってもらった時です。また自分が納得する料理ができた時はとても嬉しくやりがいです。

Q.辛かったこと、苦労したことなどどう乗りこえているか

A.辛い時には学生時代の友達に愚痴を言ったり、相談にのってもらったりしながら、頑張ってきました。
同年代の人と話しをするのはたくさん刺激をもらえるので、壁にあたったりした時は同級生に連絡をとったりしています。

Q.心がけている事など

A.返事をすることを心がけています。
また、お客さまに喜んでもらえる様に常に考えています。

Q.今後の目標・後輩たちに伝えたいこと

A.まだまだ勉強不足な点も多いので、日々精進し、もっともっとよい料理を提供できる様に頑張ります。
学生時代の仲間は、同じ志を持った貴重な存在なので、今の仲間を大切にして欲しいです。

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小林 昌貴さん
DINING SIMIZU
1993年 調理師科 卒業 新潟県立津南高等学校出身 → DINING SIMIZU

Q.武蔵野調理師専門学校へ進学を決めた理由きっかけ

A.高校の進路室に資料が有ったので、参考にしました。
進学は東京の専門学校に行きたたかったので…

Q.在学中の印象に残っていること・役立っていること

A.授業や規則が厳しかったことを思いだしますね。
当時担当してくれた戸谷先生(2008年退職)のことも思いだしますが、面接指導などがとても役に立ったと思います。

Q.仕事のやりがい・歓びなど

A.自分が料理して「美味しかった」とお客様の言葉を聞くことが嬉しいです。
お客様の楽しそうな笑顔を観ることもやりがいに感じます。

Q.辛かったこと、苦労したことなどどう乗りこえているか、心がけている事など

A.自身の経験として、武蔵野調理師専門学校 卒業後、東京のレストランで3件(合計9年間) 従事し、フランス料理を中心に経験しました。
若い頃は辛いことも多かった。長時間に及ぶ勤務時間や、特に人間関係では大変でした。
現在は予約制のダイニングを運営し、ビジネスホテルの経営も手がける。
今後もお客様のニーズをふまえ、自分のテイストをプラスし、少し変わった料理を提供して行きたいですね。

Q.今後の目標・後輩たちに伝えたいこと

A.この十日町の街を良くして行きたいですね。町の人口減少が続くため、NPOとして街作りにも積極的に参加し、よりよい街をつくって行きたいです。
お店の方は、ダイニングは任せながら、カウンターバーを営業したいです。
後輩のみんなには、若い頃はとにかく頑張ること。目標も数値化して強い意志を持って進んでもらいたいです。

…と力強く話してくれた。

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樋口 衆一さん
葵寿司
2000年 調理師科 卒業 新潟県立十日町総合高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校へ進学を決めた理由きっかけ

A.東京の専門学校に進学したかったので、進学情報誌などを参考にしました。また姉が東京に居たのでそこから通学していました。

Q.在学中の印象に残っていること・役立っていること

A.調理実習・挨拶など、指導が厳しく今となってはとても良かったと思います。また学園祭での制作物は大変だったこと、楽しかったことを記憶しています。
授業の進行も作業を分担し、一つ一つの仕事を区切りをつけながら済ませていくことが、今も役立ちます。

Q.仕事のやりがい・歓びなど

A.仕事柄、対面しながらのサービスなので、「おいしかったよ」など、お客様から直接言葉を聞くことが嬉しいですね。
対面してサービスすることは、東京で寿司店に5年、ダイニングに3年の経験から得たものです。

Q.辛かったこと、苦労したことなどどう乗りこえているか、心がけている事など

A.下積みの頃は朝早くから夜遅くまで本当に大変でしが、後輩が入り自分が指導する様になると、その伝え方しだいで上手く出来たり、失敗してしまうこともあり、先輩としてどう伝えて行くかも考えました。それらもふまえながら全てのことに対して目配りと気配りを心がけています。

Q.今後の目標・後輩たちに伝えたいこと

A.父が築いた店を、父と姉と家族みんなで運営し、若い人からご年配の方まで気軽に入れる様なお店を続けていきたいです。
お客様の表情や求めていることなどが心から分かる様に、目のとどく範囲で展開し、新しい技術や発想を提案していきたいです。
また後輩のみなさんには、どの業界も厳しいですが、仲間が居たから今の自分がありここまで続けてこられたと思います。ぜひお友達を大事にして仲良く、時に厳しく進んで欲しいです。

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鈴木 大悟さん
カフェ & ショットバー フレスコ
1995年 調理師科 卒業 埼玉県立鷲宮高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校へ進学を決めた理由きっかけ

A.もともと料理が好きだったのと、手に職を付けたいと思い調理系の専門学校に進学を考えていました。高校の進路相談で担任の先生に武蔵野調理師専門学校をすすめられ選択。武蔵野は指導が厳しいところなどが魅力的だった。

Q.在学中の印象に残っていること・役立っていること

A.高校の先生の言ってたとおり、指導などは厳しかったのでとても良かったと思います。日本料理に興味がありましたが、ジャンルを問わずさまざまな食材を扱うことが良い経験になっている。
鈴木さんは卒業後、東京グランドホテルに勤務し、その後精肉関係の仕事も経験。肉をおろす包丁の使い方などを学んだ。
続いて地元のレストランに7年間勤務し、パスタやオムレツといった料理なども日常的に経験。
その後カフェ&ショットバー フレスコに勤務し既に10年のベテラン。現在は店長として活躍中。

Q.仕事のやりがい・歓びなど

A.自分の作るカクテルや料理をお客さまから「美味しい」と言われたり、常連のお客さまとして自分に会いに来てくれることがとても嬉しいです。

Q.辛かったこと、苦労したことなどどう乗りこえているか、心がけている事など

A.言葉づかいや礼儀作法などに苦労しました。常連のお客さまから教えていただくことも多く感謝しています。
また体質的に手荒れをしてしまうので辛いこともありました。
自分自身心がけていることは、まずは笑顔ですね。そして何ごとにも初心を忘れずに基本に忠実に行い、真面目さを心がけています。

Q.今後の目標・後輩たちに伝えたいこと

A.やはり自分のお店を出したいですね。
鈴木さんがカクテルを、奥様が料理を担当し楽しいお店を出したいですね…
…と、とても目が輝いていました。
後輩たちには多くの人とつながりを持ち、ジャンルにとらわれない様にしながら業界のプロと話すように心がけて欲しいです。

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澤村 圭介さん
パティスリー カフェ ミツキ
2004年 調理師科 卒業 静岡県立静岡南高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校へ進学を決めた理由したきっかけ

A.東京の調理系の専門学校に進学したかったので、高校の担任の先生に相談したところ、武蔵野調理師専門学校を勧められたので。。

Q.在学中の印象に残っていること・役立っていること

A.挨拶など厳しく指導された様に感じます。特に新入生での宿泊研修旅行は厳しかったことも含め印象に残っています。
現在でも和食・中国など料理の基本を学んだことは役に立っています。

Q.仕事のやりがい・歓びなど

A.お客様に喜んでもらえた時はやりがいを感じます。また「美味しい」や「安い」などの言葉を聞くと嬉しいですね。

Q.辛かったこと、苦労したことなどどう乗りこえているか、心がけている事など

A.友達たちと合ったり、とにかくリフレッシュすることですね。
お店を経営する面では、資金計画は大変です。あとは集客にも苦労しています。
心がけていることは、「基本を大事にすること」です。お菓子を好きになること、なんでも意欲的に吸収する様に努力しています。

Q.今後の目標・後輩たちに伝えたいこと

A.常に安定したお菓子作りをして、お客様に提供できる様にすることです。
後輩のみなさんには、スイーツなどの業界は華やかさの反面、仕事は本当に大変です。
お菓子に関してのフランス語を意識して覚える様にするといいですね。あとは道具の名前とかクリームの温度管理とか、在学中にしっかり学んでおいた方がいいですね。。

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須田 徹二さん
すだち
1995年 調理師科 卒業 埼玉県立桶川高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校へ進学を決めた理由したきっかけ、在学中の学校の印象など

A.「武蔵野調理師専門学校への進学は、5〜6校くらい体験入学に参加して決めました。もともと調理師の専門学校には進学を希望していましたので、設備やカリキュラムなどを体験入学で確認し、武蔵野がいちばん良かったと思います。池袋という場所が通学に便利な事も決め手でしたね。
そして調理師免許を取得できたことや、今でも学生時代からの友達と繋がっている事はとても良い事だなぁと思います」

Q.仕事について

A.「まずは好きな事をしているので、やりがいも歓びもあります。しかしお客様に提供することがプレッシャーになることもしばし。常連のお客様だとさらに重圧に感じますが、やりがいもそのぶん増します」
【和食】への思いは…
「火加減やだしへのこだわり、基本的なことをきちんとこなすこと。でも美味しければOKですね」
さらに
「築地を中心に仕入れに行ってますが、頭の中は常に料理のことを考えています。また新しい料理を考えたり、野菜や魚すべての食材も自分自身で確認しています。」

Q.今後の目標や夢・後輩たちにメッセージ

A.「お客様との会話を楽しみながら、すべてを自分自身で提供できるようなお店をめざしています。席数も今より少なくして、お客様を大事にし丁寧に対応できるようなお店にしたいですね」
「後輩たちには、この業界は厳しいし最初は大変なことも多いですが、自分の目標をきちんと持って欲しい。独立したいと思う気持ちも大事ですし、何より「料理が好き」であることですね。好きだからどんどん楽しくなると思います…」

…と、とてもさわやかな笑顔で話してくれた店主の須田さん。
人なつっこい人柄が 、とても印象的でした。(PRESS)

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山本さん/野田さん/二階堂さん
有限会社 ブルーベリー
山本 遥 さん (旧姓 佐野)  販売・フロアリーダー 2008年 製菓科 卒業 静岡県沼津市立沼津高等学校出身/野田 晃孝 さん 2010年 ダブルプログラム科 卒業 静岡県立沼津城北高等学校出身/二階堂 未来 さん 2012年 ダブルプログラム科 卒業 静岡県立伊東商業高等学校出身

3名の卒業生が勤務する、「blueberry」三島本店に伺いみなさんにお話を聞きました。
(写真左から 二階堂さん、野田さん、 山本さん)

Q.武蔵野調理師専門学校へ進学を決めた理由したきっかけは?

A.
山本さん 「料理と製菓の両方学びたくて、自分の理想とすることが武蔵野調理師専門学校にはあったからです」
野田さん 「いろいろな料理の種類を学べるからですね」
二階堂さん 「施設が良く、有名な講師などの先生が多かったので」

Q.在学中の印象に残っていること・役立っていること

A.
山本さん「ヨーロッパ研修旅行と卒業制作です」
野田さん「グルーブで行う授業実習が役立っています」
二階堂さん「毎週2〜3回の当番制の実習が辛かったけど勉強になりました」

Q.仕事のやりがい・歓びなど

A.
山本さん「お客様が笑顔で喜んで帰って行ってくれること。答えは一つではなく何通りもやり方があり、面白くやりがいがあります」
野田さん「新しいことを教えてもらったとき。また仕事のスピードが上がっていると感じた時」
二階堂さん「自分で出来ることが増え、さらに新しいことを教えてもらったときです」

Q.辛かったこと、苦労したことなど

A.
山本さん「同期の人たちと、助けて支えてくれる仲間たちがいるから頑張れます」
野田さん「帰る時間が遅いときが辛いですね」
二階堂さん「日常業務で注意不足からミスをすることがあり怒られてしまうこともあるため、メモを取り声に出して覚える様にしています。また仲間にも教えてもらったりしてます」

Q.仕事をする上で心がけていること

A.
山本さん「守りではなく攻め続けること。学ぶことを忘れないようにしてます」
野田さん「効率よくできる様に考えながら行うことです」
二階堂さん「分からないことをそのままにせず、その都度、上司・シェフに聞くようにしてます」

Q.今後の目標・後輩たちに伝えたいこと

A.
山本さん「店作りやラッピングなどさまざまな事をやらせて頂いているので、それを極めて行きたいです。
後輩のみなさんには、与えられた事(物)などはどんなに大変でもやり遂げる。そうすれば、一歩大きく進めるはずです」
野田さん「なんでも出来る様になることを目標に頑張ってます」
二階堂さん「先輩たちの様に仕事ができる様になりたい。ナッペメッセージが書ける様になりたいです。
後輩たちへは、仕事は朝早くから夜遅くまであり本当に大変です。華やかさや簡単に考えずに厳しさも良くみてもらいたい」

みなさん大変お忙しいところ、撮影にご協力いただきましてありがとうございます。
また当日は寒かったのに、無理を言い外での撮影ありがとうございました。
お土産でいただいた「ポニョポニョ」おいしかったです ^^ (PRESS)

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秋葉庄之助さん/良江さん
民宿 庄之助
秋葉 庄之助さん 1995年 調理師科 卒業 千葉県立勝浦若潮高等学校出身/秋葉 良江さん(旧姓 綱嶋) 1995年 調理師科 卒業 千葉県立勝浦若潮高等学校出身

武蔵野調理師専門学校への入学は、家業を継ぐために調理師専門学校に進学を決めていました。
自身は漁師を続けながら、家業である民宿をおこないたいと考えていました。

…と話す秋葉さん。
とてもニコニコとして温厚な人柄のご主人と、奥様の良江さんとご一緒にお話を伺えました。

武蔵野調理師専門学校での1年間はとても密度の濃い一年となりました。
学園祭での制作や日頃の実習、また新入生の時の宿泊研修は特に印象深いです。

武蔵野卒業後ご結婚されたお二人で仲良く民宿を営んでいますが、何と言ってもお客様の笑顔をみるのが一番ですと話す。

土地がら海水浴中心なので震災の影響もありましたが、平常に戻りつつあり勝浦の海の幸と山の幸も含めてお客様を「お・も・て・な・し」したい。

将来の夢は…
お子さんが現在高校生で高校卒業後、自分たち同様に武蔵野調理師専門学校に入学し、親子で仲良く民宿と漁師を営んでいきたいと思う。
…と話してくれました。

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菊地 美祈さん
東京ガスライフバル横浜南 港南店
2005年 調理師科 夜間部 卒業 神奈川県立大和高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校へ入学したきっかけは?

A.会社勤めをしながら夜間クラスに通うことを考えていたので、何よりも勤務先からのアクセスが良いことが一番の理由です。
その他体験入学をした時にプロならではの、天ぷらの美味しい揚げ方を教わったり、充実した設備も見学でき、楽しいキャンパスライフを送れそうだと思い、武蔵野調理師専門学校に決めました。

Q.在学中に学んだことで役立っていること

A. 料理教室では、大人だけではなく子供教室もあるので、特に衛生面は気をつけています。学校の授業で食品衛生を学んで、ウイルスや菌の知識を得たり調理実習でも手洗いや衛生をしっかりと身につけることができたので、それが現在の仕事にも大変役に立っています。実習で使用したレシピノートは今でも大切にしており、私の宝物です。料理教室のレシピを作る際、折りを見て参考にしてますので、きちんとノートを取っておいて良かったと思います。

菊地さんは 武蔵野調理師専門学校 卒業後、サンシャインシティプリンスホテルにパソコンなどを扱う調理事務として勤務。和食・製菓・洋食の調理補助としても兼務する。その後東京ガスエコモ株式会社に入社。料理教室講師として活躍中。

Q.現在のお仕事について

A.現在東京ガスエコモの料理教室で、地域のお客様に和洋中の家庭料理や、お菓子・パンの作り方をガスの魅力を交えながらご紹介しています。私は昔から料理を作るだけでなく、料理の由来や栄養、為になる豆知識にとても興味があったので、レシピの説明をする際になるべくそういったお話をするようにしています。また趣味が海外旅行なので、外国の料理を作る時にその料理にまつわるエピソードなどをお話しすると、お客様に大変喜んでいただけます。
料理教室はお客様とのコミュニケーションがとても大切です。これからも調理技術はもちろんのこと、お客様に興味を持って頂けるような様々な雑学も身につけていこうと思っています。

Q.今後の目標・後輩たちに伝えたいことなど

A.自身のことですが、小さい頃から料理が好きでしたが、仕事にしようとは全く思っていませんでした。気持ちが変化したのは、大学卒業後にフランス留学したことがきっかけです。滞在中様々な国の人々との交流があったおかげで、フランス料理だけでなく世界各国の料理を知ることができました。そしてあらためて、料理の奥深さや楽しさ、栄養を摂ることの大切さも実感し、多くの人たちにそれを伝える仕事がしたいと思うようになりました。
社会人になれば、大変なこと、辛いこと、納得がいかないこと、様々な出来事に直面します。特に料理の世界は決して楽ではなく厳しい世界です。
しかしこの仕事はお客様から「ありがとう」という言葉や、笑顔をいただける幸せな仕事でもあります。どんなに大変でも料理の仕事をして良かったと思える瞬間がきっとありますから、それを励みに頑張って下さい。

…たくさんのコメントを頂きましてありがとうございました。
明るく笑顔の素敵な菊地さん。さらにご活躍を期待しています。(PRESS)

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枇杷 昌司さん
西洋膳所 びわ亭
1982年 調理師科 卒業 千葉県立袖ヶ浦高等学校出身

武蔵野調理師専門学校へ入学したきっかけは、地元に調理系の専門学校がなかったため、進学雑誌などを参考にして検討した。
当時、武蔵野には帝国ホテルの村上シェフが講師としていたため決めたように思う。
今でも在学中に学んだ食品衛生学などの座学がとても役に立っている。
卒業後は、小川軒で4年勤務など、フレンチの一流レストランで勤務し、2002年独立し現在のびわ亭を営業する。
枇杷シェフのこだわりとして、「手づくり」のあたたかさと、「特に衛生面には徹底して気をつかっている」と話す。
後輩のみなさんには、厳しい世界ではあるが、ガムシャラに働くこと。失敗を恐れないで欲しいと思います。

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荒岡 恭平さん
ラビットフット Rabbit Foot
2003年 高度調理経営科 卒業 埼玉県立深谷第一高等学校出身

Q.武蔵野調理師専門学校へ入学したきっかけは?

A.同級生の友人から聞き、進学することになりました。もともとは大学進学を考えていたのですが…
(笑いながら照れくさそうに話してくれました)

Q.在学中印象に残っていること・役立っていること

A. 実は私にはあまり学校は向いていないように思っていました。調理の世界は厳しいと思っていましたが、やはり想像以上に厳しいことも分かりました。
また中国料理の実習中には担当の先生に迷惑をかけたこともありました…(笑) あまり良い学生ではなかったんですよ…
学校では2年間調理技術を学んだので、現在は若手の指導などの時に役に立つことも多いですね。
あと自分にとって一番役に立っているのは、経営学や簿記などの座学の授業が大変役に立っています。

Q.仕事のやりがい・歓び・辛いことなど

A.先にも話しましたが、経営学などの授業により、自分自身は技術の世界ではなく、お店を経営していくことがとても楽しいことに気づきました。
(荒岡さんは目標・目的を数字に表し、その計画通りに実現をしている)
27才で独立し、創作カジュアルダイニングのお店、「U-STYLE」を2010年にオープンする。
続いて、30才にして2店舗目のお店、「Rabbit Foot」を2013年7月にオープンした。
売り上げを上げていくことは大変ですが仲間たちに支えられ、 関わる人たちと相談しながら運営しています。年代が近い人たちとは時に人間関係が難しい時もありますね。
でも、楽しく仕事をすること。お客様から「おいしい」と笑顔になってもらえるように、みんなで頑張っています。

Q.今後の目標は

A.運営する店舗は拡大したい。また将来は店舗などのコンサルタントに成りたい。
また使用している食材も、地元で穫れる安全な物を使用しているが、関わってる人たちと一緒に最高の物を提供できるようにしたいです。
卵 → 田中農場
米 → 長谷川ファーム
芋 → イモ屋TATA

これから調理の業界をめざす後輩たちへは、まずは我慢すること。
先輩たちの動作や人の目には見えないものを見れるように(気づかい)努力して欲しい。
…と終始明るく話してくれました。

帰り際に
なんで僕が取材に選ばれたのですか?? 在学中は迷惑ばかり掛けていてとても選ばれるとは思ってなかったですが…
(堂々と2店舗運営していることと、在学中とのギャップが面白いと…)(PRESS)

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米嶋 義人さん/あいさん
イタリアンキッチン BAMBINO (バンビーノ)
米嶋 義人さん 2006年 高度調理経営科 卒業 茨城県立鉾田第二高等学校出身/米嶋 あい さん(旧姓 菊池) 2006年 高度調理経営科 卒業 新潟県立長岡向陵高等学校出身

武蔵野調理師専門学校へは体験入学に参加して決めました。
学校選びは、きちんとした調理技術を学びたいと思い、カリキュラムを重視し設備や学校の雰囲気など自分に合うかどうかも考えました。
…と笑顔でこたえてくれた、あいさん。
ご主人の 米嶋 義人 さんとイタリアンキッチンバンビーノを、2013年6月にオープンし 営業中。
ご夫婦ともに 武蔵野調理師専門学校 高度調理経営科を卒業されており、ご主人は厨房を、奥さまの あい さんはホールでサービス全般を担当されています。
武蔵野調理師専門学校 在学中の思い出は、やはり学園祭で作品制作したことや、学校生活では規律が厳しかったことが、社会人となった現在にも活かされていると話してくれました。

仕事のやりがいについてたずねると…
「お客さまの笑顔をみることです」
過去の経歴ではホテルに勤務したこともあり、「勤務時間が長かったり、夜勤などもあり大変だった記憶ですが、からだは丈夫なので乗り越えて来れました。また人間関係も多くの人と接しながら、相手の意図を感ずることができるようになりました」と話す。
お店では、ご主人と意見の相違もあるが、すべてはお客さま中心に考えてのこと。
「今後もお客さまの笑顔をたくさんみれるように頑張ります!」
とステキな笑顔で話してくれた。

最後に後輩たちへは…
「調理の世界は想像してる以上に厳しく辛いこともあります。
将来自分のお店を持ちたいと思ってる人は特に外食を沢山してほしい。そのお店の雰囲気や使っている道具などを見ることも大事です。
いろいろなお店に行くことの経験から、スマートな対応もできるようになります。
でも…学生の頃は自分が楽しいと思うこと、遊びも沢山して経験して欲しい」
と、ご夫婦で話しをしてくれました。

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高橋 一行さん
じん市
1982年 調理師科卒業

料理の世界へ踏み出そうと思った時、旅館を営んでいる父が
「これからは洋の時代だ」と言った。
それならば、日本のフレンチの先駆者である村上シェフの教えを学びたいと、
武蔵野調理師専門学校への入学を決めた。学生寮での生活も充実したものであった。

初心はフレンチを目指していたのだが 、和包丁の妙に魅せられ、日本料理に深く興味を持った。卒業後現場経験を活かし、1992年、実家である高橋旅館の敷地内に店を構えた。
メディアにも多く紹介され、2004年から約3年間東京の銀座で料理長を任せられた。
そして秋田県角館にもどり、2008年、以前の「一行樹(かずゆき)」という店名を改め、
「じん市(いち)」として店を再開した。
和を基調としながら、仏・伊・中・亜などのエスプリのきいた料理を組み合わせ、デザートまでのオリジナリティあふれたコース料理の店である。
高橋さんは「古典的な料理に敬意を払いつつ、人の心を動かすような料理をつくり続けたい」と話してくれた。

そして後輩たちへ「どの世界も厳しいが夢を抱き、覚悟を決めて料理の道を目指して欲しい。そして自分の考えをしっかり持ちながら、若いパワーでその時の年令でしか表現できない料理の世界の醍醐味を、思いっきり味わって欲しい」と語った。
とことん料理が好きな料理人 高橋 一行 さんと、その心を伝える笑顔人という肩書きを持つ、
女将の 由樹 さん。
今後もご夫婦二人三脚で、お店を盛り上げていくだろう。

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坂本 五月さん
社会福祉法人 大桜会 特別養護老人ホーム 諏訪の苑
2001年卒業 埼玉県立蕨高等学校出身

武蔵野調理師専門学校を卒業する経歴を持ち、その後4年間ホテルにて日本料理を担当。
その経験のもと、栄養士資格取得をめざして武蔵野栄養専門学校に再入学する。

「学生時代の思い出として、武蔵野調理師専門学校では、1年間でかなりの実習をこなしたイメージ。自分の目的をきちんと持てばアルバイトも可能 だと思います。
また、武蔵野栄養専門学校では女性が多かったので、授業や対応も比較的やさしかった印象。座学や集団調理実習は食数も多かったので、回転釜を使用した経験が現在に於いても役に立っている。
現場では、「おいしかった」の言葉を、直接聞くことができ、さらに栄養士として個人個人の状況に対応していくことも、仕事のやりがいになっています。
また、現在の施設の定員が増加したとき、一時的にですがスタッフ不足を経験。対応は大変だったが、スタッフみんなで乗り越えることもでき、その経験から幅も広がったと思います。
職務にあたり常に新しいものへの取り組み・新しい知識など、情報収集に勤めています」と話す。

「今後の目標は、現在の業務の計画を達成し、いかに成功させるか。また常に新しいことにチャレンジすることや、パソコンなどを使用したプレゼンテーションを分かりやすく伝えられるように日々努力したい 」
「後輩たちには 、自分の夢に対して何が必要なのかを考え行動し、その業界での幅広い職種の理解をした上で、それぞれの夢をめざしてほしい」と語ってくれました。

在学中に担当してくれた先生たちを思い出しながら、ひとつひとつ大事に話しをしてくれたことが大変印象的でした。(PRESS)

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松石 翼さん
仙台ロイヤルパークホテル
2001年卒業 山形県立酒田西高等学校出身

調理系の専門学校進学は、有名な学校に進学希望した。
インターネット検索で、辻学園と武蔵野が候補に。
しかしながら有名校の場合、講師がテレビ出演が多い学校では、実質その講師に教えてもらえないのではないかと思ったこと、また通学などの立地から武蔵野調理師専門学校に決めた。
仙台ロイヤルパークホテルに就職後11年目となるが、学生時代を振り返り「技術的な面より、人間性・人格教育の一環としての挨拶の励行が現在に至っても活かされている。新入生研修の富士登山は仲間との良い思い出」と話してくれた。
また、現在も武蔵野調理師専門学校 教務部に在職中の川和先生が胡瓜のスライスを見事な包丁さばきでみせてくれたことが印象に残っている。

「現場に出て、 先輩たちからいろいろなことを教えてもらうが、技術的なことは口で説明しても伝わらないので、数多く経験し習得しなければならない。やはり調理技術は苦労した。お客様の “美味しい” の言葉でまた頑張ろうと思うし、とにかく楽しいので辛いと感じたことはありません。今後も衛生面には特に気を配り、美味しいと思うことを大事にしていきたい」と話す。
今後の目標として、将来は自分のお店を持ちたいと考えている。
また今現在チャレンジしていて、2012年は銀賞だった 日本中国料理協会全国大会 中華大会。2013年は金賞を狙っている。
後輩の人たちには「あきらめないこと・我慢すること・すぐに辞めてしまわないで頑張ってみてほしい」と話してくれました。

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大木 宏行さん
株式会社 熊魚菴たん熊北店 仙台店
1993年卒業 東京都私立聖学院高等学校出身

武蔵野調理師専門学校へは大学卒業後に、日本そば屋を継ぐ弟と揃って入学。
「規模が大きく設備のととのった学校を選択しました。
在学中印象に残っていることは、富士山の麓での宿泊研修で、あいさつや礼儀などの研修を行い、いわゆる縦社会の厳しさを実感しました(笑)。
また、学んだ座学は社会人になっても大変必要なこと。役に立つことばかりで、素材の中心温度を管理する数学管理も必要となります」

大木さんは、専門学校卒業後さまざまな経験をして今に至っていることも、話してくれました。
海外へはドイツ・デュッセルドルフで2年間実務を経験し、その後 熊魚菴たん熊北店に入社。
日本国内も全国(京都・東京・大阪・九州) 的にご活躍され、10年間の現場での厳しいご経験と、ひとつひとつ積み上げてきた料理人として店主としての知識を元に、2010年8月、ウェスティンホテル仙台店グランドオープンと同時に支配人に就任する。
しかし2011年3月の震災を経験、お店も被災した。
「営業中だった震災時、支配人としての責任の大きさを実感しながらも、第一にお客様と従業員の安全を確保。その後街中が停電する中、近隣の方々への対応にもあたりました。地元の方々のおかげで、こうして営業できることにとても感謝しています」 と当時を振り返ってくれた。

また、「もともとは自分のお店を持ちたいと思っていましたが、今は90年続くお店の伝統を伝えていき、海外にも店舗を出店したいと考えています。京料理の最高のものを提供していきたいです。後輩たちにもこの業界での志は一緒だと思います。座学や実習の基本部分をしっかり学び、その上で新しい料理に向き合って欲しい」と話してくれました。
まだまだ夢の実現途中、これからの大木さんにも、さらに期待したいと思いました。(PRESS)

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山下 貴弘さん
浦和ロイヤルパインズホテル
高度調理経営科11期 2006年卒業 埼玉県立大宮東高等学校出身

専門学校を選択するため、いくつかの専門学校の体験入学に参加しました。その中でも武蔵野の体験入学が一番楽しかったので武蔵野調理師専門学校に決めました。
入学当初はイタリアン希望で高度調理経営科に進学しましたが、学校での製菓の授業でお菓子の世界に魅かれ、1年生の後期には就職は絶対製菓と決めていました。
浦和ロイヤルパインズホテルに入社して5年になりますが、コンクールに出展させていただく機会にも恵まれ、先日行われた「第20回内海杯技術コンクール」では、最優秀賞を受賞することができました。仕事とコンクール作品の制作の両立はとても大変でしたが、まわりのみなさんのおかげで受賞できたととても感謝しております。これからもいろんなことにチャレンジして技術の向上に努めていきたいです。
これから調理師を目指すみなさんも、在校生のみなさんも夢に向かってがんばってください。



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村瀬 恵健さん

高度調理経営科6期 2002年卒業 東京都私立修徳高等学校出身

高校卒業後はブラジルにサッカー留学をしましたが、かつてからの料理人への道が捨てきれず、武蔵野調理師専門学校に入学しました。在学中もサッカーと学校の両立ができ、充実した学生生活を送ることができました。卒業後は“分けとく山”で5年、京都の“貴船ふじや”で修行を重ねました。2012年10月からはフィンランドの日本大使館の公邸料理人に就任します。学校で学んだこと、お店で学んだことを活かして仕事をしていきたいです。



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宍戸 大樹さん
シュートボクサー
調理師科30期 1998年卒業

シュートボクシング @後楽園ホール
2012.9.17
宍戸 大樹 SB日本ウエルター級1位(シーザージム)
vs
鈴木 悟 SB日本ウエルター級王者(Unit-K)

1ラウンドKO勝ちをおさめました

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宇治田 潤さん
Patisserie JUN UJITA
調理師科30期 1998年卒業 埼玉県立戸田翔陽高等学校出身

どうして調理師学校に進んだのか?パティシエを志した理由は?と聞かれることが多いのですが、はじめは「なんとなく好き」という程度でした。しかし仕事中に疑問が生まれ、その答えを求めの繰り返しをしていくうちに、どんどんお菓子の世界に魅了されていく自分がいました。フランスの「パティスリーサダハルアオキ パリ」で勤務していた頃には楽しそうにケーキをつくる青木さんの姿を見て、私も自分のお店が持ちたいと思いました。今は素材からこだわって作り上げたケーキをお客さまに手に取ってもらえて、おいしいと言ってもらえるこの仕事が天職だと思っています。昨年の11月にお店をオープンしたばかりですが、大塚泰裕さん(写真左:調理師科33期 埼玉県私立川越東高等学校出身)や他のスタッフと一丸となり、多くの人に愛されるお菓子をつくっていきたいと思います。



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齋藤 正浩さん
マキシム・ド・パリ銀座
調理師科25期 1993年卒業 埼玉県私立川越東高等学校出身

私の父はグルメで、母の誕生日には毎年マキシム・ド・パリで誕生日会を行っておりました。
その影響で私も幼い頃から料理やフランスの文化に興味を持ち、調理師になってマキシムに就職することが私の夢となっていました。念願かなって就職してからはコックとして修行を積み、前々から興味のあったソムリエの資格も取得しました。事業プロジェクトのマネジメントに携わる大きな仕事もしてきました。支配人となって多くのお客さまと出会いのあるこの仕事にとてもやりがいを感じています。武蔵野調理師専門学校で学んだ1年はとても貴重なものとなりました。調理師学校を卒業してからの進路はコックだけではありません。みなさんも多くのことに興味を持ち、高い目標と夢をもってそれに向かってがんばってください。



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田島 庸喜さん
烏龍茶専門店「清品茶房 茶通」
調理師科31期 1999年卒業 東京都私立東洋高等学校出身

将来のことを考えたときにまずは自分の好きなもの、興味があることについて考えました。私は東洋の文化に興味があったことと、食や健康に興味があり、将来は禅の精進料理店をニューヨークに出店したいと思っていたので、調理師学校への進学を決めました。
卒業後に日本料理店へ就職しましたが、さらに薬膳について学びたいと思い、北京中医薬大学へ進学し、国際中医師と国際薬膳師の資格も取得しました。卒業後は薬膳のNPO法人でも活動をしてきました。現在は広尾で台湾茶のお店を営んでいます。
年に3回は直接台湾に足を運んで買い付けをしています。生産地、生産者を自分の目で確認してお客さまに納得していただける厳選茶葉を選んでいます。来店してくださるお客さまはもちろん、多ジャンルのレストランにお茶の提案をして、食事とお茶を通して日々の生活に豊かさ、青茶文化(青茶=烏龍茶)を感じてもらうことに仕事のやりがいを感じています。健康にも良いので多くの方にお茶の素晴らしさを知ってもらいたいですね。



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福村 朝滋さん
ビヤレストラン かまくら橋
調理師科14期 1982年卒業 東京都成立学園高等学校出身

私が調理師を志したのは高校生の頃に喫茶店でアルバイトを始めたことがきっかけでした。お客さまにおいしい料理を提供し、「ごちそうさま」「おいしかったよ」と喜んでもらえる最高の職業だと思いました。現場に出て何年かは辛いことも多かったけれど、それを乗り越えると料理のことはもちろん、素材のことや、その歴史や意味、様々なことに興味を持ってより深く本質的なことを考えられるようになります。年数を重ねれば重ねる程、料理の奥深さを実感しますね。現在は川口から神田にお店を移したばかりなので立地や客層に合ったメニューの思案に奮闘しています。学生の頃にもっと勉強しておけば良かったと思うことが多々あるので、武蔵野生のみなさんやこれから入学される学生さんにはいろんなことに興味を持って勉強してほしいです。



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松村 宜明さん
うなぎ 松村
調理師科14期 1982年卒業

親の代からうなぎ屋を経営していたので、小学生の頃から洗い物などの手伝いは日常的でした。“うなぎ屋を継ぐ”という将来像は ずっと見えていましたね。うなぎを捌くときは特殊なまな板やナイフを使います。調理場に入った途端に厳しくなる父の姿を見なが ら学んできました。技術や味も大切ですが接客やお店の雰囲気、すべてにおいてお客様に満足していただけるお店になるように、 家族で多くのお店に足を運んでは意見を出し合っています。息子も武蔵野を卒業しています。親として、ライバルとして、今はとても 良い存在です。学校に通っていたのは30年も前ですが、未だに当時の記憶が鮮明に残っています。担任の先生はいつも私たちに親 身になってくれて、ときには厳しく指導してくれました。武蔵野調理師専門学校では調理はもちろん挨拶や礼儀、社会人としてのマナー もしっかり指導してくれるので、在学中の学生さんや来年入学するみなさんには武蔵野で多くのことを吸収して、目標を持ってがんば ってもらいたいですね。



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鈴木 千春(旧姓:佐藤)さん
LITTLE-HEAVEN
調理師科30期 1998年卒業 福島県立川俣高等学校出身

LITTLE-HEAVENはメニューのすべてが植物性食品を使用しております。はじめは主人と一緒に肉も魚も提供しておりましたが、 妊娠・出産をきっかけにヴィーガン料理に興味を持つようになりました。「アレルギーを持つ子供たちにもみんなと同じケーキを 食べさせてあげたい。」「アレルギーを気にせず食事の時間を楽しんでほしい。」この思いは親なら皆共通です。私は武蔵野で学ん だ基礎や知識があったので、動物性の料理から植物性の料理に変えることは簡単でした。植物性でも動物性に負けない味を出せ るように努力しています。海外のベジタリアンのお客様も多く、ハッピーカウ(NYのベジタリアンレストランガイド)にも紹介してい ただきました。同じようにアレルギーの子供を持つ親や、多くの方にヴィーガン料理を知っていただくために親子クッキングや食 育イベントに携わる仕事も積極的に参加しています。これからもそのような機会を増やしていきたいです。



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金子 崇裕さん
東京神楽坂ヴェネツィア料理酒場 IL Scampi
高度調理経営科11期 2007年卒業 千葉県私立西武台千葉高等学校出身

私が卒業した高度調理経営科は2年次の5月から1ヶ月間ホテル研修で現場で働く経験ができます。在学中に現場を経験するという貴重な体験ができ、就職活動の際にとても参考になりました。 就職後は環境にも恵まれ、前のお店で一緒だった店長が独立したお店でシェフとして働いています。シェフとして働く前にイタリアに修行に行き、本場を体験してきました。 イタリアに行ったこと、そして何よりも今、目の前のお客様からの料理やお酒に関する感想や意見がとても勉強になっています。会話からお客様の好みを聞き、より喜んでいただける料理をめざしています。 神楽坂の1本裏に入った通りで客層が広く、お客様とのお話はとても刺激を受けます。学生の頃はクラスメイトと良く食べ歩きに行きました。みなさんも学生のうちから多くの料理を食べて勉強してほしいですね。 ぜひ、「IL Scampi」にもお越しください!



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岩越 正大さん
ケーキ&カフェ パティスリーコラージュ
調理師科31期 1999年卒業 東海大学出身

高校を卒業して大学に進学しましたが、親がケーキ屋さんを営んでいた影響が強く、やはりパティシエの道に進む決意をしました。 武蔵野は調理師免許の取得に加え、お菓子もしっかり学べるところが「料理もお菓子もしっかり学びたい」という私にピッタリだと思い選びました。 料理のことだけでなく、2泊3日の研修ではクラスの絆を深めることができましたし、何よりも挨拶や礼儀、団体行動の大切さ、社会人に必要なことを習得することができました。 パティスリーコラージュは私を合わせて3名のスタッフで製造と販売をまわしています。製造だけでなく販売もすることによってお客様からアイディアをもらうこともあります。 何よりも常連さんや近所の方とのコミュニケーションが取れていいですね。これからも暖かい雰囲気のみなさんに愛されるお店にしていきたいと思っています。



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後藤 寿男さん
ホテルブリランテ武蔵野
高度調理経営3期 1999年卒業 千葉県私立西武台千葉高等学校出身

高度調理経営科では2年生の10月に保護者を招いてこれまで学んできた成果を披露する「賞味会」があります。私は賞味会でデセールを担当し、失敗の連続でしたが、やっと完成したデセールを親に食べてもらうことができたので当時のことはとても印象に残っています。 現在はホテルのスイーツに携わっています。職場には武蔵野の先輩、後輩がたくさんいるのでとても励みになっています。 (写真右:木村 香理さん ダブルプログラム科1期 埼玉県立北本高等学校出身 ) 結婚式などのマジパン細工の注文で帰りが遅くなって家族に寂しい思いをさせてしまうこともありますが、 お客様の喜ぶ顔が見られるのでこの仕事にとてもやりがいを感じています。仕事以外にもコンクールに挑戦し、これまで学校や仕事で学んだことを発揮できる場に積極的に挑んでいます。 今年はジャパンケーキショーで大会会長賞を受賞することができました。結果を残すことができたのでとても嬉しかったです。 みなさんにも学校で、そして社会に出てからも自分自身の“自信”に繋がる技術を身につけてほしいですね。



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宮下 篤昭さん
カフェ・ダイニング Prier
調理師科26期 1994年卒業 埼玉県立深谷商業高等学校出身

地元への思いが強く、武蔵野調理師専門学校を卒業してからも深谷にある埼玉グランドホテルに就職し、次の専門店も自分のお店も地元を選びました。武蔵野は伝統のある学校なので、就職先には武蔵野の先輩が多く、恵まれた環境で仕事をすることができたので、武蔵野を選んでほんとによかったと思っています。 このお店では深谷のおいしい野菜を多くの人に食べてもらいたいという思いから、 使用している野菜はほぼ、深谷産です。3.11を受け、さらに地産地消への思いが強くなりました。オープン当初は野菜の仕入れ等、 大変なこともたくさんありましたが、遠方から来てくださるお客様、いつも利用してくださるお客様に満足していただくためにも良い食材で おいしいものをと考えています。お店を運営して行く上で強い見方となっているのは武蔵野で同じクラスだった妻です。 【宮下さおりさん(旧姓:比留間)大川学園高等学校卒業】同級生やクラスメイトの活躍、出店の情報を耳にするとうれしいですし励みにもなりますね。



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木村 明日香(旧姓:清水)さん
パティスリーアスカ
調理師科30期 1998年卒業 神奈川県横浜市立南高等学校出身

お客様の「おいしかったよ」の声を聞く度に、厳しかった修業時代を乗り越えて自分のお店が出せたことに歓びを感じます。 調理師の世界はとても厳しく辛いこともたくさんありますが、乗り越えたとき必ずその経験が財産として残ります。 これから調理師・パティシエをめざす高校生、在校生には今できること、やるべきことを精一杯がんばってほしいですね。 武蔵野には有名な先生や、活躍されている講師の先生、たくさんの仲間がいます。厳しいところもありますが、武蔵野で学んだことは社会に出て役に立つことばかりです。 みなさんも夢に向かってがんばってください。



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佐野 結香さん
パティスリーアスカ
調理師科30期 1998年卒業 東京都立光丘高等学校出身

製菓専門学校と違って調理師専門学校では卒業と同時に「調理師免許」の国家資格が取得できます。 また、武蔵野の調理師科は1年制なので、いち早く社会に出て現場経験を積みたかった私にとっては大きな魅力のひとつでした。 入学前からお菓子の道に進むつもりでしたが、料理の世界を広く見たかったことと、将来の道を1つに絞りたくなかったこともあって調理師専門学校への進学を決めました。 大変なこと、辛いこともたくさんありましたが、やっぱりパティシエの仕事が大好きで続けてきました。 これからもケーキ作り以外のことにも目を向けてステップアップし、お客様を笑顔にできるケーキをつくりたいです。

パティスリーアスカ
東京都中野区弥生町2-32-15



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高橋 真砂樹さん
毬乃
調理師科16期 1983年卒業 秋田県立秋田南高等学校出身

高校を卒業して社会人となりましたが、板前さんに魅せられて調理の世界に入って“手に職を”と考えました。 同じ地域で和食、お惣菜、焼き肉の店舗も経営しています。たくさんのコトやモノに興味を持ち、好奇心が沸いて、チャレンジしたいことが山のようにあります。 経営しているお店のジャンルがすべて違うので、毎日仕事からヒラメキとヒントを得ることができ、調理師の仕事は私にとって天職だと思っています。 20年以上経った今でも当時のクラスメイトとは連絡を取り合う仲です。人と人との繋がりを大切にして目標を持って夢に向かってがんばってください。日本料理は世界でも注目されていて将来性があるので、ぜひ志してほしいですね。



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門田 亮介さん
ナイン
調理師科31期 1999年卒業 愛媛県私立新田高等学校出身

大学時代のアルバイトがきっかけで調理師になって自分のお店を持ちたいという夢ができました。有名なレストランがたくさんある東京で一番大きな学校に通おうと思い、武蔵野調理師専門学校への進学を決めました。 大学を卒業してから専門学校へ通ったので、クラスメイトよりも年上でしたが、みんな仲が良く、一年間楽しく学校生活を送ることができました。お店を持つために調理場はもちろんサービス、バーテン、マネジメントも学びました。 今までの経験や学んできたことを活かして、こらからもシェフ(写真右:佐藤 洋平さん 調理師科33期 山形県立南陽高等学校出身)やスタッフと一丸となり、来店していただいたお客様に喜んでもらえるお店作りに努めたいです。



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小泉 太喜さん
ラ・フレスク
調理師科夜間部54期 2009年卒業 東京都立杉並高等学校出身

高等学校卒業後に就職をしましたが、幼いことからの「調理師になる」という夢を捨てきれず、働きながら学費を貯めて夜間部へ進学しました。 夜間部には様々な年齢、職業、経歴の人が在籍しており、それぞれの世代によっての価値観や考え方などが違うので、調理のこと以外にもたくさんのことを得ることができました。 在学中はアルバイトと学校の両立で時間に追われて大変でしたが、充実した1年半を過ごすことができました。 担任制なので就職のことも相談しやすく、きめ細かな指導をしてもらえたおかげで、第一希望のレストランに就職することができました。 現在はサービスを担当しております。将来はオープンキッチンで創作イタリアンのお店を持ちたいのでサービスの知識と技術もしっかり身につけていきたいです。



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藤井 久徳さん
(株)FAK Bar Andy
高度調理経営科5期 2001年卒業 静岡県静岡学園高等学校卒業出身

高校時代の友人と自分のお店を持つという同じ夢を叶えるため、2人で武蔵野調理師専門学校への進学を決めました。 実家がホテル業を営んでいたため、経営の勉強もしたいと思っており、学科はマーケティングや経営学、語学の学べる高度調理経営科を選びました。 1年次は調理師として必要な基礎知識と技術を着実に身につけることができ、2年次はプロとして必要な専門知識と高度な技術をじっくり極めることができます。 武蔵野を卒業した後はイタリアのICHIFに留学し、5店舗の経験を経て2010年の11月にお店をオープンすることができました。 武蔵野で学んだこと、留学や現場での経験を活かして多くの人に食を通して幸せをあたえられるレストランビジネスを展開していきたいです。



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小崎 次郎さん
和めし屋 次や
調理師科23期 1991年卒業 埼玉県立川口東高等学校出身

父がすし職人だったことと、兄が武蔵野調理師専門学校を卒業していたことから、自然と調理師を志していました。 武蔵野調理師専門学校では、西洋料理、日本料理、中国料理、製菓・製パン以外にも集団調理の実習があり、実際の現場で使われる大きな鍋や専門の調理器具がすべてそろっており、 学校で実際の現場を体験することができたのでよかったです。 わからないことは先生がじっくり教えてくれたので、社会に出てからは武蔵野で教わった基本がとても役に立っています。 現在は店主として「人を育てること」に力を注いでいます。学校で学んだこと、社会に出て先輩から吸収した技術を伝えていきたいです。



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粕谷 武彦さん
Catering&Sweets DECORER
調理師科28期 1996年卒業 東京都私立大成高等学校出身

仕事を始めた頃は技術を覚えることや、早く作業ができるようになることに重点を置いて仕事に臨んでおりましたが、シェフになり独立してからは、お客様から依頼を受けてメニューを提案し、お渡しするまでの一連の流れを考えるようになり、結果だけではなく、そこに至るまでのプロセスもとても大切だと考えます。
「大変そう」と言われることもありますが、それ以上に仕事が楽しいと思うことができるのでパティシエの仕事は私にとって天職です。 初めて働いたのはホテルのバンケットでしたが、そのとき得たことや、ケータリング料理からお菓子のヒントを得ることも多々あります。 これまでのたくさんの経験を活かし、近い将来地元の所沢でお菓子と料理の融合したお店を始めたいです。



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岡田 雅彦さん
TRATTORIA COLLINA PICCOLA
調理師科27期 1995年卒業 茨城県立境高等学校出身

「レストランを開くこと」小学生の頃からの私の夢でした。 武蔵野の“スキルアップステージ”では自分のやりたいことをより深く学ぶことができましたし、学園祭のグループ制作では賞も頂くことができ、とても良い思い出です。 何よりも大切な仲間と出会えたことが私にとって一番の財産です。4年前にお店をオープンしたときからキッチンは当時のクラスメイトの小倉君に任せています。 (写真右:シェフ 小倉秀規さん 調理師科27期 埼玉県立浦和北高等学校出身)ご来店頂いたお客様に「今日もおいしかったよ」と声をかけて頂いたときは、お店を開いて本当に良かったと思います。 このお店を軌道に乗せ、次に展開させていきたいです。最初のうちは大変なことも多いと思いますが、経験したことがすべて自分の力になります。目標をしっかり持ってがんばってください。



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大川 渉さん
グランド ハイアット 東京 鉄板焼 けやき坂
調理師科23期  1991年卒業 東京都私立堀越高等学校出身

両親が飲食業を営んでいたことと、高校時代のアルバイト先の先輩に武蔵野を勧められたことがきっかけで調理への道を志し、武蔵野調理師専門学校へ進学しました。 4件のホテル・会館での経験を経て、現在はホテルの鉄板焼レストランで料理長として働いています。メニュー作成、コスト管理、現場の統括、テレビや雑誌取材などの仕事もこなします。 お客様に「おいしい」と言って頂けた瞬間はとても嬉しいですが、良いことばかりではありません。直接お客様に接する仕事なので厳しい意見を頂くこともあります。 また、海外からのお客様も多いので英語は必須です。日頃の勉強に加え、海外のホテルでのフェアや研修で生の英語に触れながら習得しています。 調理師の仕事は日々、勉強の積み重ねですが、みなさんも情報をいち早くキャッチし、たくさんの意見を吸収できる料理人を目指してがんばってください。



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岡部 光一朗さん
DelSole
高度調理経営科4期  2000年卒業 茨城県立下妻第二高等学校出身

入学案内にあった“体で覚える授業”というキャッチコピーが小学校から高校までずっと野球をしてきた自分に合っていると思い、 武蔵野への入学を決めました。両親が共働きで、小学校高学年には家族の夕食を私がつくっていました。 担任の先生に食べてもらう機会があり、とても喜んでもらったことをきっかけに、料理人になろうと決めました。 DelSoleのスタッフ全員が高度調理経営科で一緒だった仲間です。武蔵野の仲間と仕事をしていることが夢のようです。 将来は生まれ育った茨城でレストランを開きたいと思っています。



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荒井 舞(旧姓:栗原舞さん)さん
ブランジェリー・リール
調理師科35期  2003年卒業 埼玉県立川越初雁高等学校出身

就職先の選択肢が多く、就職率が良かったことから武蔵野調理師専門学校を選びました。 就職活動中は学校が休みの日でも都内の色々なホテル見学に行きました。 また、履歴書の書き方や面接の練習等、就職担当の先生や担任の先生が細かく指導してくれたおかげで、第一志望のホテルに入社することができました。 現在はそのホテルで知り合った主人と一緒に栃木で5年前からパン屋を営んでいます。 知らない土地で始めたため、食文化が違うことに苦労しましたが、お客様に「ここのパンはおいしいね」と言って頂けたときは、何よりも嬉しいです。 遠方の方にも利用して頂き、多くのお客様に喜んでもらうことが私たちの夢です。



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道谷 太郎さん
横浜ベイシェラトン ホテル&タワーズ/スカイラウンジ「ベイ・ビュー」/鉄板焼「さがみ」
調理師科23期  1991年卒業 神奈川県藤嶺学園藤沢高等学校出身

学生時代に学んだことや、仲間との思い出は今でも鮮明に記憶しています。中でもヨーロッパ研修は一番の思い出です。 研修をきっかけに、ヨーロッパでの修業を決意し、言葉も生活習慣も違う中、多くの苦労を経験しました。その結果、今ではお客様に「おいしかったよ」と声をかけていただいたときは、仕事のやりがいと歓びを感じます。 現在は統括シェフとして今までの経験や勉強を活かし、それを料理に表現したいと思っています。 学校で学んだことは、将来みなさんにとって貴重な財産となります。武蔵野調理師専門学校でたくさんのことを学び、一流の料理人になってください。



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お客さまにおいしい天ぷらを味わっていただくために。
季節や産地で変わる魚の扱いを もっともっと勉強したい。

先崎 えりこさん
清壽(せいじゅ)
高度調理経営科17期2012年度卒 青森県東奥義塾高等学校出身

築地市場のすぐ近く、ビル地下1階にある天ぷら店「清壽(せいじゅ)」は、1日数時間の営業時間に全力投球する店。その徹底した方針と、料理も接客もで きる仕事の幅広さにひかれ、先えりこさんは同店に就職したそうです。カウンターの中からお客さまと接する機会も多く「、目の前で食べていただくお客さまの笑顔を見るのがうれしい」とやりがいを語る先さんに、日本料理に寄せる想いを聞きました。

幅広く、そして専門的に学べた充実の2年間

お菓子づくりが好きだった先さんですが、選んだのは、家庭でなじみかった日本料理の道。進路を地元の青森にこだわらず探した結果、東京都心にある武蔵野にひかれたそう。そのポイントは何だったのでしょうか?

小さい頃からお菓子づくりが好きで、高校生の時はクレープ店やレストランでアルバイトも。そうした経験から料理の道を目指そうと思い、将来 は自分で料理をして接客もする、小さなお店で働きたいと考えました。そのための進学先探しでは、両親に「勉強や仕事は地元にこだわらなくていい」と勧められ、幅広く情報を集めて見つけたのが武蔵野でした。重視したのは就職率がよく、多くの卒業生が有名なホテルやレストランで働いているという実績。私も体験入学に参加して、実習室など設備が充実しているうえ、先生と学生も仲がよく、楽しく勉強できそうだと感じました。
興味の始まりはお菓子でしたが、仕事にするなら母もよくつくっていた日本料理がいいと思い、高度調理経営科の日本料理コースを選択。1年生では和・洋・中・製菓をすべて学び、さらに2年生で日本料理を専門的に学ぶ仕組みも、幅広い知識と専門的な技術の両方が身に付けられてよかったと思います。実習で段取りや役割分担を明確にして、時間内に料理をつくれる手順をみんなで考えたことなどは、実際の仕事でも役立っていますね。

経験が知識を増やし、新たな自分を育ててくれる

小さなお店で料理も接客も。入学の時からイメージしていた働き方が実現できたのは、学校から紹介されたアルバイト経験のおかげ。そして就職した今も、先さんは経験を積み重ねて成長を続けているようです。

学校では2年生の夏休みに1ヵ月行われるアルバイト研修も経験。ホテルの和食レストランで働き、自分が下ごしらえした料理をお客さまにお出 しする緊張感と喜びを実感しましたね。今勤めている築地の天ぷら店「清壽」も、2年生の11月から就職活動も兼ねてアルバイトをしたお店です。小さなお店で料理もサービスも担当でき、築地から直接仕入れる食材で丁寧に仕事をする様子に感動して、ここで働きたいと就職を決めました。
今は親方が揚げる天ぷらの仕込みを半分ほど担当。イカ、海老、メゴチや甘鯛などは自分で仕込みができるようになりました。このほかにかき揚げを載せた天茶をご用意したり、料理やお酒をお出ししたりと、お客さまに接する機会も豊富。大変なことも多い仕事ですが、おいしそうに食べていただく顔を目の前で見ると本当にうれしく、つらさも吹き飛びます。
またこの店で日本料理とワインの組み合わせのよさを知り、ワインを独学で勉強していたら、親方に現地研修を紹介されて参加。フランスとイタリアでの経験もふまえ、今後も知識を深めたいと思っています。

 

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obog04_3 武蔵野のおかげで、今の自分がある。
[教育環境] 東京でチャンスに巡り合った
両親は以前から進学も就職も地元にこだわらない方針。だから私も東京にある武蔵野を気兼ねなく選べました。自分の目で確かめて気に入ったこともありますが、やはり東京都心という立地もメリットの一つ。ホテルや料理店が圧倒的に多く、実習やアルバイトで現場を経験する機会も豊富です。就職を決めた「清壽」もアルバイトをして、納得して決めたお店です。
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日常生活にしっかり根付いたイタリア郷土料理の力強さ。
その魅力を日本で再現し、多くの人に楽しんでほしい。

宮根 正人さん
Ostü(オストゥ)
調理師科26期1993年度卒 埼玉県立狭山清陵高等学校出身

都心に豊かな緑を残す代々木公園、その近くにある一ツ星レストランが「Ostü(オストゥ)」です。店名はイタリアの方言で「オステリア(食堂)」を意味し、オーナーシェフの宮根正人さんが「気軽に食事を楽しめる店」との思いを込めたそう。武蔵野卒業後、日本の老舗イタリア料理などを経てイタリアで修業。現地で出合った北イタリア・ビエモンテ州の郷土料理を日本で再現する宮根さんは、なぜ料理の道に進んだのでしょうか?

母の言葉で就職をやめ、武蔵野に入学を決めた

好きな料理は趣味でいい、まずは就職して自活したいと考えていた宮根 さん。それが武蔵野への進学に変わったのは、小さい頃から一緒に料理をつ くり、自分を一番近くで見てきた母の言葉だったそうです。

小学生の時はおいしかった給食の材料や味付けを覚えて、同じような料理を自宅で母と一緒につくることもしばしば。それくらい食べること、料理をすることが好きでしたね。しかしその後、料理人の厳しい世界をドキュメンタリー番組などで知り、高校時代には「料理は趣味」という意識に。卒業後は仕事にこだわらず就職して、早く自活するつもりでした。 そんな私を変えたのが「、昔から料理が好きで今まで続けたのに、その道に挑戦しないのか」という母の助言。私自身もどこか割り切れていなかったのでしょう。言葉は心に響き、方針を変更。面接一歩手前だった会社は辞退し て、改めて調理師専門学校を探して武蔵野に入学したのです。
学校では、安全な料理を提供するための衛生管理、特別講師から感じる独特の緊張感などから「、真剣に取り組まないとだめだ」といつも気持ちを引き締めていました。さらに自分でも業界を勉強しようと、飲食店に限定してアルバイトを続けました。その中でイタリア料理に興味を持ち、代官山の「アントニオ」という老舗のイタリア料理店に就職したんです。

イタリアでコミュニケーションの重要性を痛感

イタリア料理店に勤めて現地に行きたいとの思いが強まり、26歳でイタリアに渡った宮根さん。最初は言葉もうまく話せず、とても苦労したそうで す。その後に出合った理想の料理が宮根さんの将来を決めました。

「アントニオ」はシチリア出身の男性がオーナーシェフ、料理人の多くもイタリア修業経験ありという本格的な店。そこで数年働くと、私もイタリアに行くの が当然と思えてきました。しかし店の先輩からは「行くのは経験を積む手段。目的は戻った後に自分がどうなれるかだよ」とアドバイスされ、しばらく延期。その後「アントニオ」を出て別の店を2年経験して、我慢できずイタリアに渡ったのが26歳の時です。勤めたのはミラノの南にあるロンバルディア州の店。最初は言葉が通じずとても苦労しましたね。日本での料理経験もうまく活かせず、悔しくて必死に言葉を覚えるうちに1年が過ぎて、ビザの関係で別の店を探すことになったんです。
現地の郷土料理、いわばイタリア料理の原型を勉強したかった私は、現地のつながりを通して、北イタリア・ピエモンテ州にある「ロカンダ・ネル・ボルゴアンティーコ」という店を探し当てました。現地で長く愛されてきたシェフの料理は、伝統に裏付けられた説得力や確かな主張を感じるもの。私もそういう料理をつくりたいと強く思い、5年間修業したのです。

 

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p_03_03 武蔵野のおかげで、今の自分がある。
[思いやり] 人の命を預かる責任を実感
武蔵野での勉強で驚いたのが、公衆衛生学、食品衛生学といった衛生管理に関わる科目の多さ。確かに料理を食べるお客さまは、自分の命をつくった人に預けるわけですから、調理師が衛 生面に徹底して注意するのは当然です。授業はあまり熱心でなかった私ですが、衛生管理に関する科目は「しっかりしないとマズいぞ」と、いつも緊張して勉強していました。
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お客さまの要望に応えたくて、野菜ソムリエの資格も取得。
肉や魚と野菜のパワーを組み合わせた料理が自慢です。

諸星 純一さん
クルーズクルーズ THE GINZA 総料理長
調理師科27期1994年度卒 埼玉県立所沢中央高等学校出身

諸星純一さんは銀座を中心に20年近く続く大型レストラン、株式会社銀座クルーズの総料理長。イタリア料理の伝統にフレンチと和のエッセンスを取り入れた創作料理を中心に提供しています。しかし武蔵野では製菓・製パンを学ぶコースに入学。最初の就職先はホテルと、その経歴はバラエティーに富んだもの。こうした多彩な経験が今に活きているという諸星さんに、銀座のレストランでの仕事を聞きました。

図工や美術が好きで、お菓子の世界にあこがれた

 図工や美術の中でも造形など物づくりの分野が好きで、同じように立体的に美しくつくり上げるお菓子の世界にひかれたという諸星さん。武蔵野では製菓・製パンを中心に学ぶコースに入学しました。

 子どもの頃は図工や美術、特に立体物で何かを表現するのがおもしろかったですね。そして高校生の時に料理人対決のテレビ番組を見て「料理 で自分を表現したい」と思い、調理師を目指しました。私自身が甘い物好きでしたから、パティシエになろうと武蔵野では製菓・製パンを中心に学ぶコースを選択。授業は期待以上で、基礎から幅広く学べたほか、有名ホテルのパティシエに技を教わる特別講義など貴重な勉強ができました。
 それなのにホテルに就職したのは、夏休みのアルバイト研修でホテルの調理師に興味を持ったから。厨房でキビキビと働くかっこよさに、「こんな職場で仕事をしたい」とあっさり方向転換しました(笑)。幸い武蔵野は製菓・製パンのコースでも西洋、日本、中国の各料理もしっかり学んでいます から、就職後も特に不自由を感じなかったですね。 その後もう少し自分の独自性が出せる職場で働きたいと考え、24歳の時に、創作料理レストランの先駆け的存在である「クルーズクルーズ銀座 店」の運営会社、株式会社銀座クルーズに入ったんです。

お客さまの要望に応えるメニューづくりが楽しい

 現在は都内近郊に7店舗を展開する株式会社銀座クルーズ。諸星さんは横浜店で経験を積み、原宿店を経て、池袋店で料理長に。そして同社のルーツといえる銀座店で若くして総料理長になり、活躍しています。

 当社はクルーズクルーズという同じ店名でも、横浜店、池袋店、銀座店といった店舗ごとに独自運営が基本。経営は支配人と料理長に任され、自分 たちのアイデアがお客さまから好評をいただいたときなど、やりがいを感じます。もちろんメニューも店舗によって違い、若い方の多い横浜店、落ち着いた年齢層が中心の銀座店と、立地によって異なるお客さまに合わせた多様な料理でお迎えしているんです。
 このほか食品会社主催のパーティーでその会社の商品を使ったオリジナルメニューを考えたり、結婚するお二人の気持ちにピッタリの特別コースを用意したりと、お客さまの要望をかなえて喜んでいただくのも楽しいですね。こうした多様なニーズに応えるとき、武蔵野で料理を幅広く学んだこと、ホテルでしっかりとコース料理を経験したこと、またお菓子が好きで独自に勉強を続けたことなど、これまでのすべての経験が役立ってくれます。武蔵野の後輩や高校生のみなさんも時には知らない店で食事をしてみるなど、早くから食に関する経験値を増やしてほしいですね。

obog02_3 武蔵野のおかげで、今の自分がある。
[多様性] 専門性+幅広い分野が学べた
私はパティシエ志望で調理師科製菓コース卒業ですが、就職はホテル、現在は大型レストランの総料理長と、当初の予定とは違っても、自分の興味に従って仕事を続けてきました。そんな時支えてくれたのは、多様な料理を基礎から教えてくれた武蔵野の教育。専門性も大切ですが、どのような職場にも対応できる多様性も社会で重要だと実感しています。
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パリの三ツ星レストランで総料理長代理を務めたのち、
地域の食材を活かしたフランス料理を極める道へ。

杉本 雄さん
レスペランス マルク ムノー
調理師科32期1999年度卒 千葉県銚子市立銚子高等学校出身

パリの三ツ星レストランで働く夢を実現し、より伝統的なフランス料理を求めてチャレンジを続けているのが杉本雄さんです。パリ中心部にある格式高いホテルの三ツ星レストラン「ル・ムーリス」で、総料理長代理として活躍。2014年からはブルゴーニュのレストラン「レスペランス マルク ムノー」のエグゼクティブ・シェフに迎えられ、地元の食材と伝統的なフランス料理をベースに、杉本さんらしい新たな料理を生み出しています。

帝国ホテルのフランス料理がすべての始まり

 杉本さんが料理に興味を持ったのは料理人対決のテレビ番組の影響。一時は家庭科の教員も目指したとか。その後、帝国ホテルのフランス料理にとても感動し、このレストランで働こうと決意したそうです。

 フランス料理は何と完成度が高いのだろう。高校生の時帝国ホテルのレストランで食事をした感動が、私の人生を大きく変えました。高校の同級生の多くは大学進学でしたが、私は「帝国ホテルのレストランで働く」ことが目標になったのです。調べるうちに「ホテルに就職するなら武蔵野だよ」と教えてくれる人がいて、何の迷いもなく武蔵野に入学しました。
武蔵野では先生の「完成形をイメージして料理しろ」というアドバイスをよく覚えています。またサービス論の授業では、お客さまの前でどう振る舞うかなども学び、料理人の基礎や心構えをしっかりと身に付けた1年間でしたね。当時は海外で仕事をするなんて考えていませんでした。しかし念願の帝国ホテルに入ってメインダイニング「レ・セゾン」で経験を積む中、フランスから来たシェフの仕事に接したことで、次の目標が見つかったのです。その人の料理は仕込みから盛り付けまでが格段に美しく完成されたもの。「自分もフランスに行って、こんな料理がつくれる力を身に付けたい」という気持ちが一気に高まりました。

遠回りに見えても、自分の大切な経験になった

 新たな目標に向かう気持ちを抑えきれずに帝国ホテルを退職し、フランスに渡った杉本さん。ブルターニュの小さなレストランからスタートし、パリの三ツ星レストランで働く夢をかなえました。

 日本でお世話になったシェフの紹介で勤めたレストランは、ブルターニュを訪れるバカンス客が主で、オフシーズンは暇になる店。私は閑散期の職場を探そうと100軒以上のレストラン就職希望の手紙を書き、何とか返事をくれた3軒のうち、同じブルターニュにあった二ツ星のレストランで働くことができました。ミシュランに評価された店での仕事は刺激的でしたね。次に勤めたパリのレストランでは料理以外にサービスも担当。お客さまと接する機会が増えてフランス語は急速に上達し、また料理とワインの組み合わせの勉強になりました。当時は遠回りに思えたことも、今振り返ると本当に役立つ経験だったと実感します。

obog01_3 武蔵野のおかげで、今の自分がある。
[多様性] フランスの空気を感じられた
武蔵野で参加したヨーロッパ研修は、フランス料理の新たな面を学ぶ機会になりました。ワイン中心の食事など現地の食生活や文化を知り、料理の伝統がどのように生まれ、受け継がれていくかなど、その深みを知ったからです。この経験でフランス料理をさらに好きになりました。
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